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『死にたがりAのラメント 拾参 〜少女とブロークンアーム〜』 作:緑野仁
「梨香、大丈夫?」 茂みの外から命の声がした。梨香は慌てて起き上がる。 「命さん!? 逃げなきゃ……いてて」 「大丈夫、もう正実さんが倒してくれたから。びっくりしたけど」 命が言った。言葉の意味が良くわからず梨香が首を傾げる。 「あとは、早く愛子ちゃんの所に行かないと……」 「あっちの方が重症なはずです。早く行ってあげてください」 「うん」 頷いて命は美術室へと向かった。 「愛子ちゃんっ!」 美術室に着くやいなや命は叫んだ。 しかしそこには血溜まりしか残っていなかった。命が驚く。 学校から少し離れた場所。一つの人影が厳重に梱包された何かを持って走っていた。ポケットから携帯を取り出して誰かにかける。 「もしもし。……はい、回収出来ました。運んでください」 「大丈夫か、お嬢ちゃん? 顔色悪いが」 「!?」 後ろからした声に少女は慌てて振り返る。そこには小次郎が立っていた。 「それに何やら怪しいものを持ってるじゃねぇか、どうしたんだ」 「……」 少女が黙る。 「しかも血が付いてるぜ? まあ怪我は治ってるみたいだが。……なあ、真中 愛子ちゃんよ」 愛子がビクリと反応する。 「紗英華が全部見てたぜ、お前が回収する所もな」 「……迂濶だったかな。見られてたなんて」 「余裕だねぇ。お前、自分の状況わかってるか?」 「え? おっさん一人撒くぐらい、どうってことないけどな」 嘲る愛子に小次郎が顔をしかめる。 「ひでぇなあ。……ちなみに一つ教えてやろう」 小次郎がにやりと笑った。 「うちは基本二人一組で行動するようにしてるんだよなぁ、これが」 言ったとたんに愛子の背後から何者かが襲いかかった。一瞬で愛子の身動きを縛る。手元の腕が地面に落ちた。 「ったく、何で私がこんな悪役みたいな真似を……」 腕を固めながら長角がぼやく。それに小次郎が反応する。 「お前は肉体労働専門だから良いじゃねぇか。俺はここで監視しておくからよ」 「割に合わない仕事ね、全く」 「まあそう言うなよ。……ちょっと携帯借りるぜ」 そう言って小次郎は愛子から携帯を取り上げた。通話履歴から一つの電話番号にかける。 「もしもし。……ああ、そんなに驚くな。アンタの目の前にいる奴の会社のもんだが」 ″あら、それはどうも。何の用かしら?″ 「惚けるな。意外とちゃっかりしてるじゃねぇか、暴走に乗じて欲しいものだけもらっていくなんてよ」 ″何のことかしら?″ 「どうして一介の改造人間に他人の腕なんて持たせてるんだ? あン?」 ″そんなもの落ちてたら問題になるじゃないの″ 「もうひとつ、聞きたいことがある」 鉄乃の言葉を無視して小次郎が口を開く。 「確かに真中 愛子という人物はいたはずだ。だが、アンタの会社で真中 愛子という人物を改造した形跡はない。……アンタ、本物の真中 愛子をどこにやった?」 ″ちょっと、何でアンタがそんな事を知ってるのよ?″ 「知り合いに頼んで、な」 ″……″ 「どうなんだ、おい!」 沈黙する鉄乃に小次郎が強く聞く。鉄乃が嫌そうに喋り始めた。 ″別に、アンタが思ってるような事はしてないわよ? うちはこれでも優良会社なんだから。『刃留』の監視のために同じクラスの中で現在の生活に不満を持っている子を探して、そいつに外国でしばらく暮らせるぐらいのお金を渡した代わりに名前と肩書きをもらったってわけ。まあ用事は済んだから本当の真中 愛子には帰ってきてもらうけど″ 「……嘘じゃねぇだろうな?」 ″あのねぇ。この商売が信頼がないと成り立たない事ぐらいわかってるでしょう?″ 「……まあな」 ″それで、一つ交渉があるんだけど″ 「なんだ?」 小次郎が訊ねる。 ″その娘、離してくれない? もちろん腕込みで″ 「はぁ? のるわけないだろうが、そんなもん」 ″交渉って言わなかったかしら? アンタ、私の目の前にいる奴が誰だったか覚えてる?″ 「っ! てめぇ……!」 小次郎が叫んだ。鉄乃が笑う。 ″交渉、よ。どうかしら?″ 「……おい、長角」 「小次郎、ちょっと電話貸しなさい」 「え? あ、ああ……」 小次郎が携帯を長角に投げる。長角は受け取って片手で電話を持った。 「もしもし」 ″あら、別の人? はじめまして″ 「知り合いだけどね。長角よ」 ″……ああ、アンタか。何の用?″ 「うちの社長が捕まってるんだって?」 ″ええ″ 「じゃあ声を聞かせてくれるかしら?」 それを聞いて鉄乃が黙った。長角は小次郎を見る。 「小次郎、社長に電話しなさい」 「は?」 「早くっ」 「あ、ああ……」 小次郎が慌てて自分の携帯のボタンを押す。通話はあっさり繋がり、向こうから穏やかな声がした。 ″もしもし。どうした、小次郎?″ 「社長、アンタ今どこにいるんだ!?」 ″え? 会社に帰る途中の道だけど″ 「くそっ、どういうことだ!」 ″は? いや、そっちこそどういう……″ 「長角っ! 社長は捕まってなんかねぇっ!」 電話を切って小次郎が叫んだ。長角が頷く。 ″あら、バレちゃった? 残念ね″ 鉄乃が残念そうに言った。 「さあ、もう切って良いかしら? この娘をうちに連れていかなくちゃいけないしね」 ″まあ待ちなさい。そろそろ着くころじゃないかしら″ 「え? 何が……」 直後、一つの影が上を通った。影は二人の目の前に優雅に着地する。 それは、真っ赤な着物に黒髪の和風の女性だった。腰には刀を差している。 「何だ、お前は? ……まあ味方じゃないことは確かだが」 小次郎の問いに女性が静かに答える。 「こんにちは、椿と言います。私どもの社員を回収しに参りました」 赤い着物の女性が言った。二人が身構える。 「こっちはハンデ付きだが二対一……いけるか?」 「いくしかないじゃないの。それじゃ……」 長角が呟いていると、さらに複数の影が降りてきた。電話から鉄乃の声が響く。 ″紹介するわ、『シリーズ四樹』よ。もちろん全員戦闘用に改造済みだから″ 目の前には四人の着物の女性が立っていた。全員腰には刀を差している。長角の額を汗が伝う。 「これは……逃げるべきかしら?」 「……だな」 二人は苦笑いしてお互いを見た。 女性達が刀に触れた。二人は身構える。 その時、長角は手元に違和感を感じた。下の愛子を見る。 「なっ!?」 そこにはあらぬ方向に身体の間接が曲がっている愛子がいた。身体はみるみる小さくなり、長角の腕をするりと抜ける。 脱出してからも愛子の変化は止まらなかった。徐々に違う人の形を成していく。 「ふふっ。脱出成功」 もはや愛子とは別人の少女が嬉しそうに笑った。ぶかぶかの制服の隙間からはあばらの浮き出た華奢な身体が見えており、身長はさっきより頭2つ分ぐらい縮んでいる。 「覚えておけ、私は百(もも)。次に会った時は容赦しないからな」 百は獰猛に笑いながら言った。捕まったことがよほど悔しかったらしい。 四人の女性と一人の少女はそのままどこかに消えていった。二人がため息をつく。 「……結果的に負けたのか、これは?」 「命があるだけマシじゃない?」 「……まあな」 小次郎が笑った。つられて長角も声をあげて笑う。 「怪我は大丈夫か、命?」 「はい、私は。……梨香の方をどうにか」 「わかってる。医療担当が向かってるはずだ」 「医療担当って……どんな人ですか?」 「……見ない方が良いぞ」 苦々しい紗英華を命が不思議そうに見る。そこに梨香が帰ってきた。 「梨香、大丈夫!? 顔が真っ青だけど」 「ああ、これはその……血の気が……」 「足りませんでした? 飲みますか?」 「いえ、遠慮しておきます……」 隣に立っている女性の様子を見て命はなんとなく納得した。微笑む女性の腕からは大量に血が出ている。 「あれは……」 「うちの医療担当の朱美(あけみ)。お前も治してもらうか?」 「遠慮しますっ!」 「……まあそこまで元気があるなら大丈夫か」 呟いてから紗英華は正実の方に向かった。 「おい正実、まだ生きてるか?」 「紗英華ちゃん、これめちゃくちゃ痛いんだけど」 正実が言った。その腕からはまだ絶えず骨などが伸びている。 「装置を戻せば良いだろうが。早くしないと頭蓋骨を中から貫かれて死ぬぞ」 「いやあ、それがさぁ」 「……おい、まさか……」 苦笑いする正実を紗英華が見る。 「なくしたぁ!?」 「やっぱりヤバいよね。どうしよ」 「これでも刺しとけっ!」 「おふっ!」 紗英華はポケットから釘を取り出して正実の首に勢いよく刺した。変な声を上げて正実が倒れる。 そこにジェイミーが現れた。手には物騒なチェーンソー的な何かを持っている。 「おう、来たか。じゃあやってくれ」 「えっ、まさか……」 心配する命を余所にジェイミーは正実に近づく。チェーンソーのレバーを勢い良く引いた。 その後彼女は恐らく一生忘れられない経験を目にするのだが、半分意識が飛んでいたのであまり覚えていない。 |
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