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『死にたがりAのラメント 拾弐 〜密談とナイフエッジ〜』 作:緑野仁
その頃、とあるビルの一室。鉄乃は椅子に座って一人の男性と対峙していた。 「わざわざ来るなんてどうしたのかしら? 縣(あがた)」 「その名前で呼ばれるのも久しぶりだな」 「今は社長、かしら? アンタも偉くなったものね」 「止してくれ、『鉄の妃』ほどじゃないよ」 ほくそ笑む鉄乃に、冗談交じりに縣が言った。それを聞いて鉄乃が顔をしかめる。 「その呼び方、あまり好きじゃないの知ってるわよね? 嫌がらせ?」 「いやいや。『名は体を表す』とはその通りだと思ってね」 「アンタ、何? 私をからかうために来たの?」 「そんなことはない。ただ、昨日のお礼を言いたかっただけだ。丁寧に場所も教えてくれたし」 「その為にわざわざうちの会社に来たわけね。そちらは随分と暇なのかしら?」 「まあそこそこね。最近は改造人間絡みの事件も減っているしね」 「そうね。昨日を除き」 鉄乃が意味ありげに笑う。手で近くにいた少女を招く。 「アレを持ってきなさい。コイツが欲しがってる奴をね」 「わかりましたにゃあ」 少女はコクリと頷いてからパタパタと駆け出した。縣が不審げにそれを見る。 「……アレは、改造人間かい?」 「当たり前でしょ? 肉体の基礎強化と動物の筋組織の移植よ」 「頭の上の、アレは……」 「オプション。可愛いでしょう?」 「まあ、ね。……意外な趣味だな」 「別に好きなわけじゃないわ。ただ、これだけ改造してると趣旨を変えたくなる時もあるのよ」 「それもそうだろうね。……人体改造の分野で肉体改造において最大シェアを誇る、『鉄血人間結社』か」 「持ってきましたにゃあ」 そこにさっきの少女が何かの書類を持ってやってきた。鉄乃がそれを受けとる。 「……それは?」 「貴方の欲しい物。さて、何でしょう?」 「お見通し、か……そういう系の改造人間でも加えたのかい?」 「人の心を読める改造人間とか? まさか」 鉄乃は笑いながら書類を縣に渡した。縣は黙ってそれを見る。 「……『NO.555″刃留″。本名、春原 遥。17歳。インターネットにて遭遇。改造部位、肉体の軟化、運動能力の強化。健康状態正常。身長……』」 「そんなもんで良いかしら? 私からのせめてものお詫びよ」 「どうも。二度も襲われたら堪らないからね」 「こっちも堪ったもんじゃないわ。品質が下がったと思われたらたまらないからね」 「品質、ね……」 縣が苦笑いする。その時鉄乃のケータイが鳴った。 「もしもし。……はぁ? なんですって?」 ケータイ越しの声に鉄乃が顔をしかめる。 「刃留が暴走してる?」 縣は思わず鉄乃の方を見た。 学校。 「私は、改造人間じゃないってば」 「もうそんな嘘は必要ないよー。私は貴女とひひゃひゃひゃっ」 刃留は突然奇妙な声をあげた。 ″おい、命っ! 応答しろ!″ 「……私は大丈夫です、紗英華ちゃん」 答えながら、命は愛子の方を見た。愛子はうずくまったままピクリとも動かない。 「……」 「なに、この娘? だって『知っちゃった』じゃないの」 「何をっ……!」 「改造人間って知った人はね、処分するんだよ。ひひゃひゃ」 刃留は再び奇妙な笑い声を出す。命は背筋が凍り付いた。 ″命、気を付けろ! そいつ、頭がイカれちまってる!″ 命はビルで聞いた例の事を思い出した。どうやら頭が耐えきれなくなっているらしい。 「その娘も、知っちゃったよねぇ? 処分した方が良いよねぇ?」 「っ!」 刃留が立ち尽くしている梨香の方を見た。命は慌てて梨香を庇う。 「ねぇねぇ、処分して良いでしょ?」 「っ……梨香、走るよっ!」 うずくまっている愛子を気にしながら、命は梨香の手を取って走り出した。 「あれぇ、逃げちゃうの? つまんないの」 そう言って刃留は手元の刃物を愛子の腹に突き刺した。そして笑いながら命達を追う。 「……命、さんっ……!」 息を切らしながら梨香がこちらに話しかけてくる。命は気にせず必死に走った。 騒ぎを大きくするわけにはいかない。だから職員室は避けて通らなければいけなかった。 ″とりあえず、こっち側の校舎に来い! そうすればサポート出来る″ 紗英華の言葉を頼りに、命は西側の渡り廊下に向かって走っていた。美術室は三階にあり、北側の校舎に向かう渡り廊下は三階と二階にある。 「急ごう!」 渡り廊下に到着して、命は急いで渡ろうとした。 その時、目の前で何かがほとばしるのが見えた。二人が立ち止まる。 そして、渡り廊下が崩れた。現実離れした光景に二人は呆然とする。 「駄目だよ、逃げようとしちゃ」 刃留が目の前に着地した。ゆっくりとこちらに近づいてくる。 「っ……」 「命さんっ!」 梨香が叫んだ。そして思いがけないことを口にする。 「飛びましょうっ!」 「えぇっ!?」 驚く命を余所に、梨香は彼女を掴んで渡り廊下から飛び降りた。 「うぇぇぇっ!?」 命が叫ぶ。二人は急速に下へ落ちていった。 途中で木に入り、少しずつ減速してから梨香をクッションに地面に衝突した。 「梨香っ!」 命が叫ぶ。梨香の身体には痛々しい傷が刻まれている。 「ちょっと、無茶しました……大丈夫ですか?」 「私より貴女のが大丈夫じゃないでしょ!?」 「これぐらい、へっちゃらです。早く逃げてください」 「でも……」 「早くっ!」 梨香の勢いに圧されて、命は頷いてから走り出した。梨香が微笑む。 少しして、誰かの茂みを掻き分ける音がする。上には刃留の顔があった。 「こんにちは。処分するね」 「……どうぞ」 覚悟をした顔で梨香は刃留を見る。刃留が手元のナイフを振り上げた。 刃留の背中に何かが刺さった。刃留が驚いて振り向く。 そこには命がいた。息を切らしながら、顔を決意に固めて立っている。 「ありゃ? じゃあ先にこっちから……」 突然刃留の背中で何かが爆発した。堪らずその場に倒れる。 「……何した?」 「何だと思う?」 命が笑う。そのまま後ろに走り出した。 「待てっ!」 それを追って刃留が走り出す。 命は直ぐに追い付かれた。刃留が笑う。 「今のって、貴女の能力? どこを改造したの?」 「どこだと思います?」 命が息を切らして笑う。 「実はどこも改造してないんですよ」 再び刃留の身体に何かが刺さった。すかさず刃留はそこを見る。 そこには昨日と同じような釘が刺さっていた。しかし先端には何かがくっついている。 瞬間、その何かが爆ぜた。 ″凛々特製の遠隔起爆超小型爆弾だ。威力は保証する″ 通信機越しに紗英華から説明が入る。 刃留がよろめいているうちに命は外へと走り出した。 「このっ……!」 それを追おうとする刃留に再び釘が刺さる。遅れて爆弾が起爆した。 「このっ……! 邪魔なのよ!」 刃留が刃物で地面を切り上げた。土埃が視界を遮る。 刃留は目の前の人影を追う。その時、影が襲いかかってきた。 「っ!?」 前からやってきたのは正実だった。挨拶代わりに刃留の顔を殴る。 「そういえば俺から自己紹介してなかったね。特殊少女保護警察、正実だよ。よろしく」 血だらけの手を庇いながら正実が言った。刃留が笑う。 「ひひっ……ひひゃひゃひゃっ!」 刃留の全身から鋭利な刃物が飛び出す。その様子はとても人には見えない。 「……」 それを正実は悲しそうに見ていた。刃留が襲いかかる。 「ひひっ!」 「ぐっ!」 刃留が笑いながら刃物を振るう。その凶刃は正実の左腕を斬り落とした。 「ひゃひゃひゃっ!」 間髪入れずに刃留が襲いかかる。辛うじて正実は避けた。 「まずいな、これは……ちょっとタイムして良い?」 苦笑いする正実に構わず刃留が斬りかかる。 「うわっ!」 「ひゃひゃっ!」 奇妙に笑いながら向かってくる刃留を正実は見る。通信機越しに紗英華に話しかけた。 「紗英華ちゃん、『アレ』やって良い?」 ″……勝手にしろ。ちゃんと調節しろよ″ 「わかってる」 いつになく真剣な口振りで正実が言う。その目は覚悟の眼差しをしていた。 「……気を付けろ」 呟きながら正実は首に刺さっていた細い金属棒を引き抜く。 「全く……暴走しただなんて、他の奴らには言えないわね」 鉄乃が言った。縣の方を見て笑う。 「でもまあ、アンタのとこの社員が行ってるなら大丈夫かしら? ねぇ、縣」 「……」 縣は黙ったまま座っている。気にせず鉄乃が続けた。 「何て言ったかしら、あの子。正実? すごいんでしょ?」 「まあ男なうえに肉体改造は稀だからね」 「そんなのじゃないわ」 鉄乃が弾圧するように言う。 「調査によれば、正実は『二度』改造手術を受けている。二回目はアンタの手術。一回目は、軍でね」 「……」 「アンタは一体何の手術をしたのかしら? ん?」 「……さあね。企業秘密だ」 「とぼけるのは止してもらうわよ、元軍属科学者の縣」 鉄乃が強い口調で言う。 「一回目の手術もアンタが関わってるんじゃないの? そして二回目はアンタが会社を立ち上げてからしている。つまり、アンタは軍事的に造られた改造人間をダウングレードした」 「……」 「気になるわねぇ、軍事的な改造の成果。どっちが勝つかしら?」 「……きっと、正実が勝つさ」 「あらあら、凄い自信ね」 「当然だ」 縣が微笑みながら言う。 「あいつは、どんな力を手にしても守るためにしか使わない。だから、あいつは強いよ」 正実の切れた左腕に変化が起きる。断面にじわじわと液体が滲み出した。 瞬間、切れた部分からみるみる新しい腕が生え出した。正実は顔を歪めながらそれを見る。 一瞬で完全な腕が出来上がった。さらにそれを突き破って白い骨が飛び出す。 「やりすぎたかなぁ」 正実が苦笑いした。すかさず刃留に近づく。 骨が刃留の身体を捉えた。そして刃留を地面に押し倒す。そのままどんどんと伸び、刃留を地面に拘束した。 「紗英華ちゃーん、捕まえたよ。結構痛いから早く誰か呼んでくれない?」 ″もう呼んである。そのまま待ってろ″ 「了解」 正実が息を撫で下ろした。 |
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