『死にたがりAのラメント 拾壱 〜朧気なスマイル〜』
作:緑野仁

 次の日、命は多少落ち着きのない挙動で登校してきた。もちろん改造人間に会うのも怖いが、

「あ、少女警察だ。写真撮らせてー」
「写真はNGでお願いします!」
 命は叫びながら走り出した。


 あの後の夜、長角の部屋。紗英華と長角が正実を引きずって帰ってきた。正実の身体には惨たらしい傷痕がついている。

「正実さんっ! まさか敵に……!」
「いや、運んでる途中で何か腹が立ったから私たちがやった」
「えっ……」
 命が呆れる。

「さて、これからの話だけど……」
「社長はいないのか?」
「大変な用事があるそうよ。まあ予想はつくけど……」
「?」
 忌々しげに言う長角を命は不思議そうな目で見る。

「で、学校に改造人間がいることはわかったわけね?」
「ああ。襲われたからな」
 紗英華が嘆く。

「命ちゃん、誰が襲いかかってきたかはわかる?」
「いえ、実はその……意識朦朧としてたし、とにかく必死だったので……」
「覚えてないわけだな」
 紗英華の言葉に命は気まずそうにうなずく。

「私も、顔は見たが何処の誰かはわからん。次に見ればわかるけど」
「つまり、いつ何処から敵が来るかわからないわけね?」
 ああ、と紗英華が言う。

「学校、明日はやめといた方が良いんじゃない? まだ改造人間がいるっていうのに不安よ」
「それは、まあ……」
 命がぎこちなく言った。

「良いじゃねぇか、行かせりゃ。学校なら人も多いから安全だろ」
 そこに小次郎が割り込んできた。長角が食い付く。

「あのね、下校中とかに襲われるかもしれないのよ?」
「その時は紗英華が見張っておけば良いだろうが。まさかお前、また見逃すなんてことはないだろうな?」
「ぐっ……」
 痛いところを突かれて紗英華が黙る。

「じゃあ良いじゃねぇか。お嬢ちゃんはちゃんと学校に行きな、それがお前の仕事だろ」

「でもね、もっと考えた方が良いでしょ?」
「ああ、そうかい。じゃあお嬢ちゃんに決めさせようじゃねぇか。どうなんだ?」
「えっ……」
「……全く……」
 突然の問いかけに命が戸惑う。長角が優しく言った。

「命、正直に言いなさい。貴女はどうしたいの?」
 その話し方を聞いて命は、お母さんみたいだな、と思った。もちろん本当の母親はいるわけだが。

「私……私は、学校行きたいです。皆に迷惑かけたくないし」
「そう……しょうがないわね。それじゃ紗英華、護衛任せたわよ」
「ムスーっ……」
 紗英華は明らかに不機嫌な顔でそっぽを向く。長角がため息をついた。

「紗英華、もう少し大人になりなさい」
「子ども扱いするなっ」
 紗英華が噛みつきかねない勢いで喋る。長角は紗英華を宥めながら命に話しかけた。

「ごめんね命。この娘、貴女になついちゃってるからあんまり無茶させたくないのよ」
「バカ、ちげぇよっ!」
 苦笑いする長角に紗英華が顔を赤くしながら怒鳴った。命はそれを見て微笑む。

「ありがとう、紗英華ちゃん。明日もよろしくね」
「うーっ……!」
「ただし、命ちゃん。必ず用心はしておきなさい。相手は貴女をまだ改造人間だと思っているはずだから」
「はい、もちろんです」
 命はしっかりと言い放った。それを聞いて長角が安心する。

「じゃあ、どうせだから泊まっていく?」
「お願いします!」
「はい決定。んじゃ男衆は帰った帰った」
「って、おい! その扱いは酷くないか!?」
「文句言うな。そら、とっとと出てけ」
「なさい」
 長角が強制的に小次郎を追い出す。

「くそ、あの野郎っ」
 マンションの廊下で小次郎が呟く。するとドアが開いて命が顔を見せた。

「命、お前……!」
「忘れ物です」
 そう言って命は重そうに正実だったものを引きずって廊下へと放り投げた。命がドアを閉める。

「……」
 小次郎はドアの前で立ち尽くしていた。



 現在、学校。

「はぁ……」
 ようやく放課後になり、命は一息ついた。梨香が心配そうに声をかける。

「大丈夫ですか……?」
「疲れた……」
「何と言ったって少女警察ですから」
 梨香が芸能人ばりの笑顔で言う。そのあまりの眩しさに命は目を背けた。

「止めてー、そんな顔で私を見ないでー」
「?」
 不思議そうな顔で梨香は命の顔を見る。

「そういえば今日は皆やけに帰るのが早いね。集団部活放棄?」
「いえいえ。例のことについて教員会議があって先生が来れないので、今日は部活はなしです」
「あ、そうなの……」
 何となく気まずくなって命は苦笑いした。その様子を見て梨香が言う。

「別に命さんは悪いことしたわけじゃないですから大丈夫ですよ。むしろ私にとってヒーローですっ」
「そんな大袈裟な……」
「大袈裟じゃないですっ! 本当に感謝してるんですよ……」
「……そっか。ありがとう」
 命が素直に礼を言う。

「いえいえ。……こういうのって普通逆じゃないですか?」
「そうかも」
 二人が声を出して笑う。

「あっ、そうだ。うちの部室に来ませんか?」
「やってないのに良いの? というか梨香って何部?」
「美術部です。どうせいつも先生来ないので、勝手にやっちゃってます」
「ふーん……他に誰かいる?」
「後は、愛子ちゃんと遙(はるか)ちゃんを呼んでます」
「遙ちゃんって?」
「ほら、良く愛子ちゃんと一緒にいる」
 命は記憶を呼び覚ましてみた。顔はおぼろ気ではあるが、そういえば愛子と一緒にいた人がいた気がする。

「とりあえず行きましょうよ」
「う、うん」
 梨香に引っ張られて命が慌てて走る。愛子なら大丈夫だろう、と命は高をくくっていた。

″おい、どこ行くんだ?″
 耳元からした紗英華の声に命は慌てて答える。

「えーと、美術室に」

″……大丈夫か? 美術室はここからだと見えんが″

「さすがに改造人間ってことはないと思います」

″……まあ良い。電源は付けておけよ″

「はい、もちろん」
 そう言って命は向かう。


 だがその言葉は間違いとなる。



 美術室。愛子と、黒髪の少女が喋っていた。

「ところでその顔、どうしたの?」
「ん? ちょっとね」
 二人が話していると、そこに梨香達がやってきた。

「あ、梨香ちゃん。……あれ?」
「遅れちゃってごめんね、紹介したい人がいたから。まあ二人とも知ってると思うけど」
「え、えーと……」
 そこで命はどっちの名前で自己紹介すれば良いのか迷った。いきなり命と言われても二人ともわけがわからないだろう。戸惑いながら命は目の前の二人を見た。

「……?」
 二人と目が合う。その時、命の中に何か引っかかるものがあった。命は必死でその違和感を探る。


「あっ……」
 昨日のこと。倉庫で見た顔。そして、目の前にある笑顔。


 昨日見たその顔が、目の前で笑っている。まるで会いたかったとでも言うかのように。

「逃げてっ!」
 命は咄嗟に叫んだ。その声に梨香が驚く。

「アイツは、改造人間なのっ!」
「え?」
 突拍子もない言葉に梨香はさらに驚いた。そのまま命は目の前の少女を助けるために走り出す。

「ふふふ」
 目の前で、またあの顔が笑った。身体に何かを突っ込む動作をする。



 身体から刃が飛び出る。そしてそれを手で握り、近くにあった身体へと突き出した。
 その刃は容易に皮膚を破り、肉を貫いて深く刺さった。少し間を置いて血液がじわじわと滲み出る。制服が赤く染まっていった。


「……え?」
 愛子の腹には鋭利な凶器が刺さっていた。愛子はわけもわからず腹を押さえて、そのまま倒れた。

「っ……!」
 あまりの出来事に梨香は声を上げることも出来ずに立ち尽くしている。命は目の前の少女を睨んだ。

「そういえば、自己紹介まだしてなかったよね」
 昨日の笑顔がこちらを見て言う。

「私は、刃留(はる)。それじゃ昨日の続きをしよ」
 言いながら刃留が身体から凶器を抜き出す。


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