『死にたがりAのラメント 拾 〜改造とミステイク〜』
作:緑野仁

「……」
 命が目を覚ますと、そこは古びた倉庫だった。まだ視界はぼやけているが、一つの人影を見つける。

「あ、ようやく起きた? 改造人間だからあれぐらい大丈夫かと思ったんだけど結構寝てたね」
 声からしてまだ自分と同じぐらいの少女であろう。そして口振りからすると、どうやら彼女が例の改造人間のようだ。

「……いつの間に、うちの学校に改造人間なんて……」
「ん? 学校には最初からいたよ。最近改造したの」
「……どうして?」
「整形とかと同じよ。変わりたかったの」
 少女が言う。

「顔を弄るみたいに、身体を弄っただけ。変わらないでしょ?」
「そりゃそうかもしれないけど……」
「それで、貴女は何処を改造したの?」
「え?」
 突然の言葉に命は驚く。

「とぼけないでよ、少女警察さん。貴女改造人間でしょ?」
「ち、違う! 私はナチュラル……」
「ほら、ナチュラルって言葉を知ってる。改造人間でもないのにそんな言葉知ってるわけないじゃん」
 命はますます墓穴を掘っていることに気付いた。少女が笑う。

「じゃあバレないうちに始めようか。本気で来てよ」
「ま、待って! 私は本当に改造人間じゃ……」
「いい加減にしてよ」
 そう言うと少女は自分の身体に手を突っ込んだ。命がビビる。

「いぃ!?」
「ま、良いや。アンタがその気じゃないなら、切り刻むだけだから」
 少女は身体の中から刃渡りの長い刃を取り出した。それを手に持ち命へ近寄る。

「んじゃ……行くよ」
「ま、待ってよっ!」
 命の言葉にお構い無く少女が斬りかかる。命はすんでの所で何とか避けた。そのまま出口へと駆け出す。

「遅いっての」
 出口に差し掛かる所で、いつの間にか少女は目の前に立っていた。

「なに、本当にナチュラルなの? 弱すぎてシャレになんないんだけど」
「だから、本当にナチュラルなのっ!」
「なら見せてよ、改造人間じゃない証拠」
「いやいや、無理だってそんなの! だいいちどうやってわかるの!?」
「簡単だよ」
 少女が微笑む。

「もっともっと追い詰めて、その時に判断するわ」
「無理があるよっ!」
 命が叫ぶ。気にせず少女は刃を振り上げた。

「……っ!」
 命が死を覚悟する。
 その時何かの風を切る音がした。

 鈍い音が響く。少女の腕には釘が刺さっていた。少女が首を傾げる。

「命、逃げろっ!」
 紗英華の声が響く。命は慌てて少女の横を通り抜けようとした。

 すかさず少女は刃を命に向ける。紗英華は少女の腕を狙って立て続けに釘を撃ち込んだ。

「っ……貴女、改造人間?」
「紗英華だ、よろしく」
 命が逃げ出したのを確認してから紗英華が名乗る。

「可愛いねー、紗英華ちゃん」
「子ども扱いするな」
「わかった。じゃあ本気で行くよー」
「……まあちょっと待て」
 紗英華の言葉に少女が不思議がる。

 すると紗英華の後ろから男が飛び出してきた。すかさず男は右ストレートを決める。

「名前は正実だ、よろしくやってくれ」
 紗英華が紹介する。少女は倉庫の中へと吹っ飛んだ。


「……紗英華ちゃん」
「どうした? 正実」
「痛いです……」
 泣きながら言う正実を紗英華は不審な目で見た。正実の右手からはだらだらと血が出ている。

 少女が起き上がる。その身体からは鋭利な刃物が飛び出していた。

「何だありゃ」
「俺が聞きたいです……」
「まあ良い。とっとと終わらせるぞ」
 紗英華は少女に向けて釘を撃った。

 釘が当たった瞬間、少女の身体に釘がめり込む。そしてそのまま身体の奥まで埋もれていった。

「……は?」
「痛いなぁ。返すよ」
 そう言って少女はたった今撃ってきた釘を投げ返す。

「どわぁっ!」
 釘は正実の顔に深く刺さった。

「何だアイツはっ!」
「わからな……うぎぇっ!」
 再び正実の頭に釘が刺さる。

「くそっ、どうするかな……釘が効かないんじゃどうしようもねぇ」
「まさに柳に風、糠に釘という……」
「いっぺん黙れ、お前」
 今度は違う方向から釘が正実に刺さった。正実の意識が遠のく。

「そっちがいかないんなら、こっちから行くよー? えいっ」
「あん? ……って、どわぁっ!?」
 二人の頭上を金属片のような物が通りすぎる。それはそのまま少女の所へと戻っていった。

「惜しいー。結構難しいんだよね」
「手製のブーメランか? そんな物楽勝で避け……」
「次ね」
 そう言って少女は身体中から大量の金属片を抜き出した。紗英華は呆気に取られる。

「下手な鉄砲数撃ちゃ当たるー」
 少女が次々とそれを投げる。紗英華は正実を引きずって慌てて逃げ出した。

「おい正実、起きろっ! お前しかいねぇんだよっ!」
「むにゃむにゃ紗英華ちゃん、そんな大胆な告白を……」
「やっぱり死ねっ!」
 紗英華が再び撃つ。そして逃げながら辺りを見回す。

(とりあえず、私にはアイツを倒せる決定打がない……何かないか? )
 その時、倉庫の中である物を見つけた。急いで駆け寄る。

「っ!」
 そこに無数のブーメランが飛びかかってきた。

「必殺っ……正実バリアー!」
「あがががが」
 紗英華はためらいなく正実を前に突き出した。ブーメランが正実の身体に刺さっていく。

「これなら……」
 正実の盾に守られながら紗英華は小箱を一つ手に取った。それを勢い良く少女に向かって放り投げる。

「いけぇっ!」
 叫びながら、紗英華は少女の頭上にある箱を撃った。箱の中に入っていた液体が飛び散る。

「っ!」
 液体が身体に触れたとたん、少女の顔が変わった。突然身体中を掻いてもがき始める。

「熱っ……熱いっ!?」
「工業用の硫酸だ。それならお前の身体にも染みるだろ」
 紗英華が口を開く。

「お前の行動パターンなんかを見ててどういう改造をしたかわかった。軟化だな」
 紗英華の言葉に少女がビクリと反応する。

「身体の内部を軟化させて、中に武器を入れてるんだろ? しかも相手に攻撃されても無効化出来るおまけ付だ。でも……わかればどうってことないけどな」
「このっ……!」
 少女はもがきながら恨めしそうな目で紗英華を見た。その時、戻ってきた刃が少女の頭に刺さった。

「ぎきっ……!」
「なんだ、自滅か? 武器の管理はちゃんとしておきな」
 喋る紗英華を前に、少女はパタリと倒れた。紗英華がゆっくり近寄る。

「正実、起きろ。こいつを運ぶのを手伝え」

「うがが……紗英華ちゃん、意外と着痩せするタイブフゥっ!」
「やっぱり死んでろ」
 トドメと言わんばかりに紗英華が釘を刺す。ポケットから携帯を取り出す。

「もしもし、長角さんか? ちょっと来てくれ。運んでもらいたいもんが……」

「その必要はないにゃ」
「っ!?」
 慌てて紗英華が前を見る。そこにはさっきまではいなかったはずの人影が二つあった。一人は小柄で茶髪の少女。もう一人は背の高い金髪の女性。そして二人の頭には、

「……猫耳?」
 紛れもない猫の耳が着いていた。背の高い方が喋り出す。

「申し遅れたわね。私は子子(ねこ)」
「そしてアタシが巳巳(みみ)にゃっ!」
「……は?」
 突然現れた謎の猫耳集団に紗英華は戸惑う。それを察して子子が口を開いた。

「いや、私たちはこの娘の会社の者なのよね。この度は迷惑をかけてしまい申し訳ございませんでした」
「もうしわけなかったにゃあ……」
 巳巳がしおらしそうに言った。

「……本当に迷惑な話だよ。そういえば長角さん、命は大丈夫か?」

″死にたがりちゃんのこと? あの娘なら小次郎が拾ってきて今ここにいるわよ。替わる? ″

「いや、良い。先客がいるからな」
 そう言って紗英華が電話を切った。そして子子達を見る。

「それじゃ返してもらおうか。それは私らの獲物だ」
「ですから、この娘は私たちの会社の者です。このまま引き取らせていただきます」
「だきますにゃあー」
「嫌だと言ったら?」
 紗英華の言葉に子子達が身構える。

「移植したのが猫だけだと思ったら大間違いよ」
「ふーっ……!」
 殺気立つ二人を見て紗英華は手を振る。

「わかった、今回は諦める。二対一じゃ不利だしな」
「わかっていただけて嬉しいです」
「しいにゃあー」
 二人は笑顔で少女を背負って跳躍した。その跳躍力はやはり軽く人の限界を越えていた。

「……さて、戻るか」
 一人で悔しそうに呟きながら紗英華はある事を思い出した。ポケットからもう一度携帯を取り出す。

「もしもし、長角さんか? ……ああ、やっぱり運んでもらいたいもんが……そう、そのバカ」
 紗英華はため息をついて正実を見た。


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