『死にたがりAのラメント 拾四 〜始動するライフゲーム〜』
作:緑野仁

 ヒューマン・リモデリング・カンパニーの本部、といえば格好は良いがはたから見ればただのオフィスの奥の怪しい雰囲気の部屋。その中にあるベッドの上に誰かが縛りつけられていた。

「社長、ここまでしなくても良いんじゃ……」
 ベッドにくくられている正実が不安そうに言う。横に立っていた縣が口を開いた。

「ここまでしないと逃げるだろう? 勝手に制御装置を外すからああなるんだ」
「あれは紗英華ちゃんに了承を得て……」
「それは言い訳にすぎないぞ」
「痛い痛いっ! せめて麻酔してっ!」
 正実の情けない叫びが部屋に響く。部屋の外で命と紗英華はそれを聞いていた。

「あのー、紗英華ちゃん。さっきのアレってどうやってたんですか?」
「ああ、正実のことか? アイツには特殊な細胞が移植されてるんだ」
 紗英華が命を見る。

「RP細胞……rapidly proliferate細胞。ようは、高速増殖と再生を繰り返す細胞だな。核をメインにして死滅と分裂を繰り返すんだ」
「……それって、相当すごくありませんか?」
「相当なんてもんじゃない。ほとんど神業だ」
「じゃあそれが他の会社に渡るのってまずいんじゃ……」
「大丈夫だよ。あれは使い物にならないから」
「へ?」
 紗英華の言葉の意味がわからず命は首をかしげる。



 鉄血人間結社のとある支部。

 鉄乃は椅子に座って退屈そうに欠伸をした。そこにいかにも科学者らしき男が近寄る。

「どうだった?」
 鉄乃が眠そうに訊ねる。男は首を横に振って答えた。

「切り離された腕だけでも活動はしていますが、それを止める手段がありません。あのままでは……」
「そのまま栄養失調で死ぬか、はたまた体の内部から骨やら何やら飛び出してシュールな芸術になるか、かしら?」
 男が頷く。鉄乃はつまらなさそうに呟いた。

「やっぱり核は正実ってわけね。アイツの余裕綽々な顔の理由がわかったわ」
「研究はどうしましょうか?」
「腕はそのまま保存しておいて別のルートで増殖を食い止める方法を見つけなさい。手段に時間、費用は問わないわ」
 わかりました、と言ってから男は部屋を出ていった。一人残された鉄乃は静かに笑う。

「面白くなってきたじゃない? ライフゲームは始まったばかり、ってところかしら」
 鉄乃が笑いながら呟く。



「ただいまー……」
 部屋から正実がヘロヘロになって出てきた。腕はちゃんと元通りになっている。

「おう、正実。お疲れさま」
「ありがとうございました、正実さん」
「いやぁ、本当に疲れた。社長からはこっぴどく叱られるし」
「まあアレを使うのは禁止されてたしな」
「そうだよ。アレは命に関わる代物なんだから」
 後ろから縣が言った。正実がため息をつく。

「それにアレをやると、とんでもない副作用があるんだよね……」
「え、何ですか?」
 命が驚いて聞く。あんなことをさせてしまった原因としては、少し申し訳ない気持ちになった。

「凄くお腹が減る……」
 正実の腹が凄まじく鳴った。紗英華が呆れる。

「紗英華ちゃーん、何かご飯を……」
「これでも喰っとけ」
 そう言って紗英華は釘を撃ち込んだ。短い悲鳴が響く。


「さて、諸君。……とは言ってもほとんどいないが」
 縣が改め直して口を開く。

「正実や刃留のこともあり、このまま此処にいるのも危ない。というわけで……」
 縣は床で死んでいる物体を含め皆を見渡した。


「本拠地を移動する。実行は明日だ」



「……え?」
 命は目を丸くした。

「此処にいたら、またナチュラルの人たちに迷惑をかけてしまうかもしれない。一刻も早く行かなきゃね」
「そんな……でも、私は大丈夫です!」
「あのな、じゃあ梨香はどうだ? それにお前のいた学校にも大分迷惑かけちまったし、そろそろ退き時だと思わないか?」
 紗英華の言葉を聞いて命は押し黙った。

「これで命ちゃんとはお別れだ。契約破棄の慰謝料なら払うから……」
「嫌です、そんなのっ! 紗英華達と別れるなんて、そんなの……!」
 命は懸命に叫んだ。それを聞いて今度は紗英華達が黙る。

「私はもう命なんです……社長さん達の、皆の仲間です!」
「むっ……そりゃ確かにそうだが」
「良いんじゃない? 連れていっても」
 正実が言った。ゆっくりと起き上がる。

「命ちゃんなら居ても足手まといにはならないでしょ」
「それは……そうだが……」
「じゃあ決まり。はい、命ちゃんも一緒」
「……って、あのな! そんなに簡単に決めるなっ!」
「お願いします、紗英華ちゃん!」
 命の必死の願いに、思わず紗英華は表情を苦くした。しょうがなさそうに口を開く。

「……良いか、これから絶対にちゃん付けするなよ? それなら許す」
「っ……ありがとうございます、紗英華ちゃん!」
「だから、ちゃん付けするなっ!」
 紗英華が叫んだ。

「よう、話は済んだか?」
「ああ小次郎。大体終わったよ」
 小次郎と長角が入ってきた。縣が二人の方に喋る。

「まあどうせこうなるとは思ってたわよ……ところで、もう他には言ってきたの?」
「え? 他って……」
 それを聞いて長角がため息をついた。

「あのねぇ。アンタ、誰から産まれてきたの?」
「あっ」
 命は手を叩いた。そういえば家族には何も事情を話していない。というより改造人間については話せない。

「えっと……何て言えば良いんでしょう」
「『旅に出ます、探さないでください』とか?」
「余計心配になるだろうが」
 紗英華がツッコミを入れる。

「社長、家族にだけは本当のことを言っちゃダメですか……?」
「良いけど、そっちの方が心配すると思うよ?」
 ごもっともである。改造人間と一緒に働くなどと言ったらまず止められる。

「うー……」
「何かアイデアはないか? 美里」
 紗英華が口元に何かを近づけて言った。

「そういえば美里ちゃんは?」
「今引っ越しの話を聞いて、慌てて用意してる。普段から片付けてないからそういうことになるんだ」

″何よぅ、私たちは情報収集係だからいつも忙しいのよ″

 部屋のスピーカーからパソ子の声が響く。

「で、何かあるか?」

″何かあるもなにも、″

「ん?」

″もうとっくに話してあるわよ″

「……」

 命達は呆気にとられた。

「……おい、社長」
 紗英華が縣を睨む。

「……まあ知ってたけど」
「いつからですか!?」
「刃留に襲われた時。さすがに説明しないわけにはいかないし」
 それを聞いて命はため息をついた。

「……なんて言ってました?」
「驚いてはいたけど、特に悪くは言っていなかったよ。『娘をよろしくお願いします』って。お母さんは何かを勘違いしているかもしれない」
「そうですか……」
 命が不安そうな顔をした。

「大丈夫よ。貴女から言えばきっとわかってくれるはずだわ」
 長角が励ます。紗英華達も微笑んでいた。

「……はい。お母さん達にちゃんと言ってみます」

「私にもちゃんと言ってくださいっ!」
 突然した声に、命は振り向いた。

「……梨香ちゃん?」
「ずるいですぅ、私だけ仲間外れなんて……私だって仲間です!」
 縣は梨香の後ろに申し訳なさそうに立っている朱美を見た。朱美は苦笑いをしている。

「一応少女警察ということで通しています……」
「……全く」
 縣はため息をついた。

「私も学校辞めて付いていきます! 困っている少女達を助けたいです!」
「え、えっとね梨香……」
「おい縣、あの契約書は書かせなくて良いのか?」
「ああ、そうだな」
 縣は平然と返事をした。

「社長ー、もうちょっと考えてください!」
「いやぁ、デスクワークは多い方が助かるし」
 縣が梨香に何やら紙を手渡した。命もとても見覚えがある。

「うわぁ……」
 命はその内容を見て悪寒を感じた。梨香は嬉々として書類にサインしている。


「ありゃ?」
 サインした後、改めて内容を見て梨香はすっとんきょうな声をあげた。


 その後、命は自分の家の前に立っていた。時間は正実や紗英華と初めて会ったあの日とちょうど同じぐらい。隣にいるのは紗英華ではなく梨香である。

「梨香、大丈夫?」
 未だに顔が青い梨香を命が気遣う。

「何か、凄いことに巻き込まれてしまった気が……」
「うぅ、ごめんね梨香……」
「いえ、良いんです。私が決めたことですから」
 梨香は胸を張って言った。命は少しだけ安心する。

「でも、わざわざ付いて来なくても良かったのに」
「だって命さん、不安そうでしたもん」
 図星だった。正直言っていきなり明日学校を辞めて家を出るとは言いにくい。

「大丈夫ですよ、きっと」
「だと良いけど……」
 決心を決めて命は扉を開けた。


「あら、お帰りなさい」
 そこには母が立っていた。驚いたが、怒っている様子もなく穏やかな表情でこちらを見ている。

「……あ、あのねお母さん」
「わかってるわ。明日出ていくのよね?」
 先手をつかれて命は慌てた。しかし母はそんな命を落ち着いて諭す。

「構わないわよ。貴女のやりたいようにやりなさい。……大丈夫よ」
 母が笑った。

「確かに大変かもしれないけどきっと貴女なら出来るわ。……体操でも何でも」
「うん。……ん?」
 命は耳を疑った。再び訊ねる。

「体操なんてしないよ?」
「え? だって、体操人間のところに行くんでしょ?」
 命は呆然としていた。それを母は不思議そうに見ている。


「……あのねお母さん、良く聞いてね……」
 その後命は母親に事情を詳しく話すことになった。

 次の朝。

 命達は社員寮の前に立っていた。引っ越しの業者達が慌ただしく働いている。

「それはキケンだからゆっくりはこんでね。あ、それは……」
 彩華はそれをテキパキと指示していた。そこに紗英華が立ち寄る。

「よう、彩華。終わりそうか?」
「ざんねん、もっとかいぞうしたかったのに……」
「家の寮を要塞化するのは勘弁してくれ」
 喋る紗英華の元に命が現れた。命は二人に軽く挨拶する。

「親は何て言ってた?」
「最終的に『アンタのやりたいようにやりなさい』で終わりました。まあ良かったです」
 言ってから、命は目前の建物を見上げる。

「……さあ、命。今日からがお前のライフゲームの始まりだ。準備は良いか?」
「はい、もちろん」
 紗英華の問いに命はしっかりと答える。それを聞いて紗英華が笑った。

「皆ー、車に乗ってー」
 正実の呼ぶ声がした。車の運転席からは小次郎が顔を出している。

「今行きます!」
 命は叫んでからそちらへと走り出した。紗英華達もそれに続く。



 そして、『命』のライフゲームがこれから始まるのだ。


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