『死にたがりAのラメント 七 〜交わりのチェンジ〜』
作:緑野仁

「……」
 月曜日の朝、少女は朝起きてからケータイを見る。珍しく一件メールが来ていた。宛先には紗英華と書いてある。

″今日からまた学校で忙しくなるとは思うが、気を抜くなよ。いってらっしゃい″

 それを見て微笑みながら少女は返信する。

″はい、行ってきます紗英華ちゃん″

 悪戯心を加えながら、少女はメールを送ってすぐに電源を切った。後々何か言われそうだからだ。

 学校に出る前に、ポケットにこの前もらった通信機を入れて家を出る。気分は何となくいつもの月曜の朝より晴れ晴れとしていた。


「……」
 晴れ晴れしていたせいなのかどうか知らないが、なぜか直接学校に着いてしまった。特にすることもなく少女は暇を持て余す。
 ふと少女は周りを見渡してみた。いつもはまず見ないクラスの人々を観察してみる。

 最初に目を付いたのは女子の集まりだった。教室の一角を堂々と陣取り、此処からは聞こえないが何かを話し合っている。その中に一際目立つ人影があった。

 榊原 梨香(さかきばら りか)。学校一の美人ともっぱらの噂である女子であった。黒くて透き通るような髪は長く、顔立ちはそんじょそこらの芸能人と比べれば明らかに美しい。勉強も出来て、性格はおとなしめ、しかし出る所は出るしっかりした気質という非の打ち所のない少女だった。自分と比較すると、その差にむしろ感嘆する。

 ふと梨香がこちらに気付いた気がした。だが他の誰かに呼び掛けられてそちらの方を見る。

 他にも、ばか騒ぎする男子やら俯いてケータイばかり触ってる女子やらが見える。廊下の方を見ようとしたら、いつの間にか目の前に女子が立っていた。・

「あれー? 珍しいね、こんな時間からいるなんて。……えと、名前何だっけ?」
「……」
 少女は戸惑いながら目の前の人物を見る。小さな顔と大きな瞳が印象的だった。

「あ、私? 私はね、真中愛子(まなか あいこ)。真ん中ぐらいのあいだの子、って覚えてね」
 愛子が笑いながら言った。そのテンションの高さに少女は困る。

「で、えーと貴女は……」
 言っている途中で朝の予鈴が鳴る。愛子は慌てて席へ戻ろうとした。

「うわわ。じゃあ後でっ!」
 困惑しながら少女は愛子に手を振った。そしていつもどおり一限の用意をする。

 これもあの人達の影響なんだろうか。少女は悩む。今までクラスの誰からも話しかけられたことはなかったのに、改造人間の彼らと会ったのが原因で自分は今この環境に溶け込もうとしている。それは彼女にとっては恐ろしいような平気なような奇妙な気分だった。


″聞こえる?″
 一限の途中、イヤホンを着けていたら耳元から紗英華の声がした。どことなく不機嫌な気がする。

「紗英華ちゃん、もしかして今朝のこと怒ってます?」
 少女はすこし俯きながら小声で言った。

″まさか。私はそんなちっちゃい人間じゃねぇよ″

″胸はちっちゃいけどね″
 イヤホン越しにバカの声と釘が刺さる音が聞こえる。気を取り直して紗英華が喋る。

″ところで、一応警告だ。お前の学校に改造人間が混じってるらしい。ナチュラルであるお前を襲うとは考えにくいが、一応警戒しておけ″
 それを聞いて少女は背筋が寒くなった。つい先日、紗英華から念を押されたばかりなので自然と身体が強張る。

「わかりました、気をつけます」

″ああ。私も外からお前の周りの様子を見ておく″

 紗英華が力強い声で言う。それを聞いて少女は少し安心した。


「おーい」
 一限が終わると、すぐに愛子が近づいてきた。少女は少しだけうんざりしながら話しかける。

「なに?」
「えーとね、名前思い出したよ! 鈴木……」
「違うよ」
「あれ!? えーと、じゃあ鈴鹿……」
「……」
「うわ、ごめぇん! えーと、じゃあ……!」
 勝手に焦る愛子をよそに、少女は気になっていた人影を探した。
 その人はすぐに見つかった。あちらも偶然こっちを見ていたのか、一瞬だけ目が合う。
 榊原梨香。なぜだか少女は彼女が気になっていた。目が合った直後、梨香は慌てて目を背けた。

「……ちゃーん。聞こえてる?」
 愛子が心配そうにこちらを見る。少女は気を取り直して愛子の方を見た。

「ごめん、ちょっと考え事してた」
「そう? ……今、梨香のこと見てなかった?」
 愛子がストレートに聞いてくる。少女は隠す理由もないので話した。

「うん。何か気になっちゃって」
「気になるとはまた意味深だね。そっちの趣味ですかー?」
「え!? いや……!」
 予期せぬ事を言われて少女の顔は真っ赤になった。さらにからかうように愛子が話す。

「ま、見とれるのはわかるよー。超綺麗だし」
「う、うんそうだよね」
「それでいてあの性格だし、成績も日本史を除きほぼ満点っ。そりゃ注目しない奴の方が珍しいわさ」
 やれやれ、と言った感じで愛子がため息をつく。

「まああそこまで持ってる人だと妬みを通り越してもはや崇拝だわな。弱みの一つもなさそうだし」
「そうだね……」
 少女は静かに梨香の方を見た。机の中から教科書を出す仕草でさえ何かの劇の一部なんじゃないかと思ってしまう。

「あ、次の授業始まっちゃうか。次何だっけ?」
「……日本史」
「げげっ。じゃあカスケベの授業か」
 それを聞いて少女が笑う。カスケベというのは、日本史の春日部(かすかべ)のあだ名だった。由来はその顔と性格がカスとスケベを足して出来たものである。

「あいつ女子が席についてないとエロい目でやたら突っかかってくるんだよねー。それじゃ」
 クスクスと笑いながら少女は愛子に手を振る。
 心の余裕も少し出てきた。何より、改造人間と普通に話すことが出来た自分が一般人と話せないわけがない、という思いが強く影響していた。少女の中で何かが変わり始めている。そんな気がする。

「お前ら、授業始めるぞ」
 そんなカスケベの声で少女は我に帰る。皆で礼をして、日本史の授業が始まった。

 粘着質で有名なカスケベの授業は、一人の生徒が答えられないと延々とその生徒にたずねる。熱心といえば聞こえは良いが、それはどう見てもいじめだった。特に女子となるとそのいじめは加熱する。
 ちょうど今日本史の苦手な女子が延々と答えを聞かれて泣き出しそうになっているところだった。カスケベはそれを気持ち悪いじとじとした目で見ている。

(暇だな)
 そう思って、少女は再びこっそり通信機の電源を入れる。自分の席は窓際の後ろの方なのでバレることはまずほとんどない。

「……ハロー」

″何だ、急に。意味がわからん″
 紗英華が呆れた調子で言う。我ながらそう思うが、いちいち退屈で下手なカスケベの授業を聞くよりは大分マシだと思ったのだからしょうがない。

″良いのか? 授業中だろ?″

「それはさっきもだし、授業聞いててもつまらないし」
 小声で喋る。その時、ふと少女に疑問が湧き上がった。

「あの、例の人達もこの学校にいるんですよね?」
 少女はなるべくオブラートに包んで話す。釘が飛んでくるような事態は避けたい。

″ああ。少なくとも一人は″

「その人達を見分ける方法ってないんですか?」
 それを聞いて紗英華は、ああ、と唸る。

″なくはない。例えば……″

「おい、そこのお前。何してる」
 突然教壇からした声に少女は驚く。例のカスケベが陰険な目でこちらを見ていた。

「え……」
「お前だ、お前。耳に何か付けてるだろ」
 カスケベがこちらを指して言った。どうやら気付かれたらしい。

 その時、少女は一つの仮説を思い付いた。学校に改造人間が紛れている。だが、それは生徒とは限らないのではないか。かなりの小声で紗英華に話す。

「あの、紗英華ちゃん。もしかしてこの人って……」

″改造人間だ、とか思ってるのか? そんな出来の悪そうな改造人間がいるか″
 紗英華があっさり言う。その後意味深に笑いながら付け足した。

″でもまあ、そいつに関しては美里から面白い報告があるぞ″
 えっ、と少女が戸惑う。今一番重要なのは改造人間であって、こんな奴の話を聞いても何も面白くないのだが。そう思っていたのだが、紗英華の話す内容を聞いているうちに段々少女の意思は変わっていった。

「聞いてるのか、お前。早く出せ」
 カスケベが執念深く要求する。それを少女はまっすぐな瞳で見た。

「な、なんだ。反抗するつもりか?」
 情けない調子に変わったカスケベを前に、少女はゆっくり立ち上がる。

「お前、退学になりたいのか!? この場で早く謝れ!」
「謝るのは貴方の方ですよ、春日部先生」
 少女がぴしゃりと言う。

「何をだ! いい加減にしろ!」
「何が、ですか? それは貴方が一番良くわかっているはずです」
 突然悠然と話し始めたクラスメートに、他の生徒達は驚きを隠せずざわついている。その中の一人の生徒を、少女が指差した。



「貴方の、榊原梨香さんに対しての性的な暴力についてですよ」
 少女は今まで生きてきた中で最もはっきりとした声で言った。


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