『死にたがりAのラメント 伍 〜深淵のディスタンス〜』
作:緑野仁

「……で、何だ。彩華によろしく言われたから来たと」
「はい……」
 頭に数本釘が刺さっている正実が正座しながら言う。

「私は確か昨日お前に、私が休暇中は絶対来るなって言ったよな?」
「はい……」
「じゃあどうして来た?」
「彩華さんによろしく言うように言われたからです……」
「で、彩華によろしく言われたから来たと」
「はい……」
「昨日お前に絶対来るなと言ったよな?」
「はい……」
「どうして来た?」
「彩華さんに……」
 この調子で延々と会話は続いていた。その間に少女は部屋の中を見渡す。

 部屋の中は、意外と言えば意外だが八歳にふさわしい内観であった。可愛らしいぬいぐるみや飾りがふんだんにちりばめてある。その時棚に何かのDVDを見つけた。

「あれ、紗英華ちゃん。あれってマジカルペンた……」
 指差しながら言おうとした少女のすぐ横に釘が刺さる。

「何か言ったか? あん?」
「何でもないです……」
 少女が縮こまる。こういう時の迫力はやはり改造人間である。

「あと、ちゃん付けは止めろ。次言ったら殺すぞ」
「えー、良いじゃん紗英華ちゃンぐむっ」
 奇妙な声を上げながら正実は果てた。頭には数本釘が増量している。

「次言ったらこうだからな」
「わかった、紗英華ちゃん」
「おい、話聞いてたか……?」
 紗英華の顔が苛立ちでひくつく。

「紗英華ちゃんは良い人だからそんなことしないですよね」
「お前な、人を嘗めるのも大概にしろよっ! 私は改造人間だぞっ!」
「でも見た目とか考え方は普通の人と変わらないですし」
「……」
 呆れた、とでも言いたげな顔で紗英華はため息をついた。それを見て少女が微笑む。

「それに可愛いし」
「だーかーらー、可愛いっていうのは止めろっ! 慣れてねぇんだよ!」
「紗英華ちゃーん、これって誰のー?」
 いつの間にか起きていた正実は勝手に部屋の中を探っていた。タンスの中からクマのプリントのパンツを取り出している。

 紗英華は正実の方には目もくれず銃を構えた。そして的確に四発命中させる。正実は声も出せず静かに倒れた。

「血の出ない所を狙っておいた。私の部屋をお前の血で汚したくないからな」
 お見事、と少女が拍手をする。

「しょうがないから私もついていくか。こいつだけだと後々怖いし」
「お願いします、紗英華ちゃん」
「ちゃんを付けて呼ぶなって言ってるだろうが」
 ぼやきながら紗英華は着替え始めた。少女はめんどくさそうに正実だったものを引き摺る。


「ところで大家さんと紗英華ちゃんってどういう関係なんですか?」
 着替え終わった紗英華と少女は廊下を歩く。
「ん? 姉妹」
「ああ、姉妹……えぇ!?」
「そんな驚くことでもないだろ? 全く関係ない子供を二人も置かねぇだろ」
「それもそうですけど……」
 三年の違いがこんなに重いものなのか。中身はそうでもないらしいが。

「失礼な奴だな。ちなみに彩華の部屋はもっと凄いことになってるぞ」
 少女の仕草を見て紗英華が言う。どうやら読まれたらしい。

「えーと、どういう意味で?」
「アイツの趣味、トラップ作りだからな。部屋の中に勝手に入ったら死ぬぞ」
「……」
 聞いてはいけないことを聞いてしまった気がする。少女は静かに聞かなかったことにした。

「で、誰に会ったの?」
「えーと、大家さんと美里ちゃんと小次郎さん」
 突然正実が起き上がって言った。

「ふーん……良かったな」
「え、何がですか?」
「……」
 少女の問いに紗英華は答えなかった。そのまま歩く。

「あの、えっと、それはどういうっ!」
「まあ色んな人間がいるってことさ」
「どういう意味ですか!」
「ちなみに次は誰に会うつもりだ」
「えっとね……凛々ちゃん」
「……」
 それを聞いて紗英華の顔が変わった。

「……」
「あのー、紗英華ちゃん?」
「……まあ色んな人間がいるってことさ」
「それはどういう!?」
「まあまあ。ほら、着いたよー」
 正実が立ち止まる。気のせいか紗英華は若干扉から距離を置いている気がする。

「凛々さーん、死にたがりちゃん来ましたよ」
 正実が部屋の中へ呼びかけた。少女は覚悟しながら待つ。


「はい、お待ちしていました。貴女が死にたがりさんですね?」
 出てきたのは予想に反して物腰柔らかな口調の女性だった。見た目もおっとりとしていてさっきの美里に比べれば天と地の差だ。

「紗英華ちゃん、意外と普通な気が……」
「どうぞお入りください。今はちょうどガイズ星人の侵攻もありませんので」
「……はい?」
 凛々の突然の発言に少女は戸惑う。

「そうか、死にたがりさんは火星の力を受けたマーズ種だからわからないんですね。実は私の部屋は水星の加護を受けるマーキュリ種の本拠地でして、いつも金星の力を受けたビーナス種から攻撃を……」
「え、えーと……とりあえずお邪魔しま」
「駄目ですっ!」
 突然の叫びに少女がビクリと震える。

「その辺りにはビーナス種が帰り際に仕掛けた特殊宇宙地雷があるはずです! 踏んだら地球が粉々になりますよ!」
「え!? え!?」
「どうすりゃ良いんだよ?」
 慌てふためく少女の後ろで紗英華が下らなさそうに言う。

「待ってください、まずは私の部屋の中にあるコスモシンセサイザーを取って来なくてはなりません! そこで動かないで下さい!」
 そう言って慌てて凛々は中へ入っていった。

「……もう、帰りたいです……」
 少女が嘆く。紗英華もため息をついた。

「だからこいつは嫌なんだよ。早く他行くぞ」
 そう言って動こうとした紗英華の眼前を銃弾が通り過ぎた。

「……動くなって、言ったじゃないですか……あなた達が動いたらこの地球がなくなるんですよ!?」
 そう言って姿を見せた凛々の手にはゴツい機関銃が握られていた。

「こっちはさっきまで私たちが歩いてた道だ、バカ! 爆発するわけがあるかっ!」
「ついさっきビーナス種が仕掛けていったんです! あなた達は既に奴らの罠にかかっているんですよ!」
「あの、凛々さん……その手に持っているのは……」
「これですか? コスモシンセサイザーです。見るのは初めてですよね?」
 どう見ても機関銃なコスモシンセサイザーを手に凛々が微笑む。

「良いですか? ビーナス種は狡猾に我々を騙して過ごしているのですよ! 奴らは今でも我々に紛れて機を謀っているのです!」
「知るかバカが! 正実、とっとと行くぞ!」
 そのまま歩こうとした紗英華に凛々が自称コスモシンセサイザーを向ける。

「わかりました……貴女は実はビーナス種の仲間なのですね……そして我々を陥れようとして……!」
「おい、何をわけのわからんことを……って、ちょい待てっ!」
 撃つ意思を仕草の中に見つけた紗英華は慌てて正実を引き寄せる。

「うわ、紗英華ちゃん、強引うぎゃっ!」
 何か喚こうとした正実に容赦なく銃弾が降り注ぐ。銃声は一発が速すぎて一続きに聞こえるほどだった。正実の服に穴が増えていく。

「あががががが」
「おい、止めろ凛々っ!」
「ビーナス種の仲間なんかの言葉は聞きません! いいえこれはきっと外宇宙生命体オリオンの……!」
 さらにわけのわからないことを良いながら凛々は銃を乱射する。少女は耳を塞ぎながら精一杯叫んだ。

「あのー、凛々さーん!」
「何ですか、貴女もオリオンの仲間ですか!? それともガニメテの……!」
「えーとですね、そのー……!」
 少女は必死に今の状況を打開する策を考えながら口を開いた。

「実は私はマーキュリ種から要請を受けてやってきたライブラ星人なのです! それで本拠地である貴女の部屋を支援するためにこの人達を連れてここへ……」
 少女は適当に思いついたことを言ってみると、凛々の手がピタリと止まった。

「ライブラ星人?」
「は、はい……」
 凛々が無言でこちらを見る。少女はいつこっちに銃を向けるのかと気が気でなかった。

「……そうでしたか! 私、勘違いしてました」
 凛々が微笑む。少女は胸を撫で下ろした。

「それではどうぞ、中へお入り下さい」
「えーと……」
 少女は横目で穴だらけの正実と後ろの紗英華を見た。紗英華は全力でNGサインを出している。

「きょ、今日は視察が主な任務ですので……他の本拠地も見なければいけませんし」
「そうですか……ではまた!」
「はい、また会いましょう同志よ!」
 そう言って少女と紗英華は逃げるようにその場を離れた。


「びっくりした……」
「だから言っただろうが、世の中色んな人間がいるって」
 二人は血まみれの正実を引きずりながら歩く。

「凛々さんはどんな改造人間なんですか?」
「確か手と脳のシンクロだとか言ってたはずだ、理屈は良くわからんけど。銃器の整備とかの役だな」
「なるほど……合ってるような合ってないような」
「合ってねぇよ。すぐにぶっぱなすんだぞ」
 紗英華が苦々しい口調で呟く。そこら辺は紗英華もあまり変わらない気がするのだが。

「アレって改造人間になる前からなんですか? それともなってから?」
「さあな。少なくとも私が来た時からああだった」
「……」
 紗英華の話を聞いていて、ふと少女はある事が気になった。

「紗英華ちゃんっていつ改造人間になったんですか?」
「ん? 三年前だよ」
「三年前!?」
 ということは、五歳の時だ。そんな幼い子どもで大丈夫なのか。

「……ちなみに、改造するのはなるべく若い方が良いんだよ。順応性が高いとかで」
「へぇー……」
「だから五歳ってのも珍しいケースじゃない。ついでに言うと、改造人間ってのは大半が女性だな。男より女の方がやっぱり順応性が高いらしい」
「なるほど。あの、ところで……」
 紗英華ちゃんはどうして改造人間になったんですか、と訊こうとした時、紗英華がこちらを睨んでるのがわかった。

「言っておくが、もちろん素晴らしい理由なんかじゃない。……ついでに言うと、私はそんなことを言えるほどお前を信用しちゃいない」
「えっ……」
 紗英華の言葉に少女は胸を打たれた。当たり前と言えば当たり前だ。会って一週間も経たない小娘に自分の生涯の惨劇を言うはずがない。

「……話題がそれたな。そろそろ次行くか」
「……はい、紗英華さん」
 気まずそうに言う紗英華に、少女は少し悲しそうに言った。 そのまま二人は次の部屋を目指す。


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