『死にたがりAのラメント 参 〜怪しげなランドロード〜』
作:緑野仁

 あれから2日ほど後。

 少女は正実と歩いていた。こいつの扱いにも大分慣れてきた。

「で、俺がしくじった時に美里(みさと)ちゃんぐぁっ……」
 本日何本目かの釘が頭に刺さった。あまりに繰り返されると驚かなくなるものだ。慣れは怖い。

″釘抜いて止血しといて。後々めんどくさいから″
「はい」
 通信機から紗英華の声がする。
 面倒なことになるならやらなきゃ良いのにとか思いながら慣れた手付きで少女は作業を始めた。

 2日経ってわかったことがある。この男はバカだ。
 そもそも自分が改造人間である自覚が薄い。そして懲りない。三日間の平均で1日四本ほどは釘が刺さっている。

「本当にこんな会社といて大丈夫なのかな……」
″失礼な。間抜けなのはそいつだけだよ″
 それ以前に毎日釘が飛んでくるような人生を過ごしたくはないのだが、そこは言うまい。

″何なら明日、他の人見に来る? 私は多分案内出来ないけど″
「えっ」
 改造人間の根城。危険な興味を感じる。

″まあそいつにでも案内してもらいな。明日は土曜だから学校もないだろ?″
「まあそうですけど……」
 良く良く考えれば結構危ない誘いじゃないのか。以前社長も頭が逝かれる人もいると言っていた。
 そんなことを考えてると空気を読まずに正実が起きあがった。

「死にたがりちゃん、どうする? 俺はどうせ明日も監視だから構わないけど」
「その名前で呼ばないでください」
 正実を睨む。その後少し考えてから、どうせやることもないので行くことにした。不愉快ながらも正実とケータイの番号とアドレスを交換する。ついでに紗英華のももらっておいた。

「じゃあまた明日ねー、死にたがりちゃん」
「……」
 殺意を抱きながら、正実の挨拶を無視して少女は家へと入る。


 その夜。
 再びケータイが鳴る。受信メールの欄には正実のメールが10件ほど来ていた。
 最初の方こそ相手していたが、だんだんペースの早さに殺意を覚えてきた。こいつ、本当に暇なのか? 

 静かに受信拒否のトレイに正実のアドレスを突っ込んだ。受信拒否の有り難みを初めて噛み締めながら少女は眠りにつく。


 次の日の朝。

「いやぁびっくりしたよ。いきなりメール届かなくなるし。何かあった?」
 待ち合わせ場所に笑顔で正実がやってきた。少女は少し舌打ちをする。
「急にケータイの電池がなくなったんです」
「それじゃしょうがないね。じゃあ行こうか」
 そう言って正実は歩き出した。

「ここから近いんですか?」
「職場のすぐ近くだよ」
 それを聞いて、不謹慎ながらも少女はわくわくする。改造人間のアジト。それだけで興奮する何かがある。

 少し歩いてから正実が立ち止まった。少し先には例のビルが見える。

「ここだよ」
 そう言って正実が目の前の建物を指差す。そこには、怪しげな建物が

「……」

 なかった。どう見ても普通のマンションである。

「これって……」
「俺たちの社員寮だよ。俺も紗英華ちゃんも此処に住んでるの」
 社員寮。少女はそれを聞いて愕然とした。そりゃ確かに改造人間の根城だろうけども。

「……実は地下に巨大なアジトが……」
「ん? ちなみに俺は三階だけど。部屋来る?」
「殴って良いですか?」
 落胆も相まって段々この男に腹が立ってきた。

「ま、まあとりあえず案内するよ。皆さんにはよろしく言ってあるから」
 そう言って正実は慌てて入り口に入った。それを見て少女もがっかりしながら歩き出す。


 少しだけ中が凄いことになっているのを期待したが、その僅かな希望を打ち砕くようなごく普通のエレベーターに乗り込む。

「とりあえず大家さんに挨拶しに行こう。死にたがりさんも言ってみればお得意様なわけだし」
 改造人間のお得意様。その響きはかなりまずい気がする。

 着いたのは普通の扉の前だった。半ば愕然としながら少女は大家が出てくるのを待つ。

「大家さーん、死にたがりさん来ましたー」
「はーい」
 どうやら自分の名前は死にたがりで定着してしまったらしい。あまり嬉しくない。

「こんにちは、しにたがりちゃん」
 そう言って扉からまだ幼い子どもが出てきた。見た目からすれば五歳ぐらいだろう。家族にも定着してしまっているのだろうか。

「えーと、あなたのお父さんに挨拶したいんですけど……お名前何て言うのかな?」
「あたし? 彩華(さいか)」
 子どもが言った。子ども扱いしたせいなのか知らないが、少しムッとしている。

「彩華ちゃんね? じゃあえーと、あなたのお父さんを……」
「おとうさんはもういないけど……」
「えっ」
 しまった、母親の方だったか。いらない事を言ってしまったと後悔する。

「じゃあお母さんを……」
「死にたがりさん、そんなに大家さんの両親に挨拶したいの?」
 正実が不思議そうな顔をする。少女も不思議に思った。

「ですから、まず大家さんに……」
「あたし、おおやだよ」
 彩華が言った。それを聞いて少女が微笑む。

「あなた彩華ちゃんだったよね? あ、もしかしておおや彩華ちゃん?」
「死にたがりさーん、この人が大家の彩華さんね」

 思考が数秒停止した。彩華が心配そうにこちらを見る。

「しにたがりさん、しんじゃった?」
「っ……この会社はどうなってるんですか!? 子どもが社員だったり、子どもが寮の大家だったりっ!」
「しつれいね、こどもじゃないよっ!」
「えっ……」
 まさかとは思うが、超童顔か? 見た目はどう見ても五歳だが。

「ことしでごさいだよっ!」
「あ、五歳でしたかそれは失礼いたしましたじゃないですよぉっ!」
 もう何が何だかわからなくなってきた。

「ちなみに彩華さんも改造人間だよ」
「もはや問題はそこじゃないです……この会社は子どもの遊び場か何かですか?」
「しつれいね! あたしはあなたよりすごいんだよっ!」
「えっ……」
 忘れていた。改造人間ということは何か凄い能力があるのかもしれない。

「あたし、かけざんできるようになったんだよっ!」
「本当? 彩華さん凄いなぁ」
 誇らしげに言う彩華を正実が心底嬉しそうに誉める。

「……私微積分出来ますよ」
「びせきぶん、ってなぁに? まーちゃん」
「作文か何かの仲間じゃないかな?」
 五歳児はともかく、お前はわかれよ。そう言った目で正実を睨む。

「それで、ほかのこにはあったのー?」
「いや、まだです。今から会いにいくところで」
「それじゃね、だれがいるかみてきてあげるー!」
 そう言って彩華は部屋の中へ入っていった。二人は玄関先でしばらく待つ。

「良いんですか、あんな子どもがいて。労働なんたらに引っ掛かるでしょう?」
「うーん、それ以前にもっとまずいことやってるからね。それに俺たちは普通じゃ働けないから」
「え? どういう……」
 そこでタイミング良く彩華が帰ってきた。手には何か紙を持っている。

「これがいまいるひとのかみねー」
 そう言って彩華は正実に紙を手渡した。紙には少し汚い字と可愛らしい絵で何か書いてある。

「おねえちゃんによろしくねー。ばいばい、しにたがりちゃん」
 バイバイ、と言いながら少女は後ろで手を振っている幼女に手を振り返す。あの子が大家だったとかは一時忘れることにした。

「んーとね、此処からだと一番近いのは美里ちゃんかな。行こうか」
 紙を一生懸命見ながら正実が言う。

「その人、どんな人ですか?」
 少なくとも三歳とかでないことを願う。

「良い娘だよ。情報収集専門の娘でね」
「年は?」
「年? 死にたがりさんよりちょっと上ぐらいだと思うけど……」
 それを聞いて少女は心の中で安心した。そんなこんなで正実が扉の前で立ち止まる。

「はい、ここね。美里ちゃーん」
 正実が気の抜けた声でドアを叩く。
 少女は少し期待していた。自分より少し上ぐらいならまだ話は通じそうだ。少しは心が通じるかもしれない。

「……な、にごと……」
「美里ちゃん、こちら死にたがりさん」
 部屋から出てきたボサボサの髪の女性とそのかすれた声によって少女の希望は打ち砕かれた。


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