『死にたがりAのラメント 弐 〜消えかけたイグジスト〜』
作:緑野仁

 朝になって、少女はいつもどおりまずケータイを見る。いつものようにメールはない。そして彼女は少しでもメールに期待した自分に嫌気が差しながら制服に着替えて扉を開ける。いつもどおりだった。

 居間に入ると母がトースターの前に真剣な目付きで立っていた。足音に気付いて母がこちらを見る。

「あらおはよう。あんまり夜遊びはしないようにね」
 笑いながら母は言った。

「私もアンタぐらいの歳には良く夜遊びしたもんだけどねぇ。そこでお父さんと会って……」
「おいおい恭子、そういうのろけ話は止めなさい」
「やだお父さん、たまには良いじゃないの。おほほ」
「まあたまにはな。あはは」
 両親の寒い会話を無視して、少女は冷蔵庫から牛乳パックとヨーグルトを取り出して机に座った。

「……ほっ! よーし、今日はお母さん絶好調っ!」
 トースターから勢い良く飛び出したトーストを母は真剣白刃取りで取った。そして手際よくマーガリンを塗って少女の前に置く。

「それよりアンタ、そろそろテストじゃないの? 勉強してる?」
「……あんまり」
「まあ成績落とさないぐらいにはしときなさいよ」
 定型文のような言葉を聞いて少女は心の中でため息をついた。さっさとトーストを口に詰め込んで牛乳で押し流す。

「じゃあ、いってきます」
「はい、いってらっしゃーい。……というかあの子はいつまで寝てるの! 幸喜(こうき)ー!」
 寝坊しそうな弟の名前を母が叫ぶ。それを尻目に少女はとっとと鞄を持って出ていった。


 高校も二年目になってくれば色々とわかるものがある。それはもちろん嫌な物もだ。

 少女はまず高校に行く前にコンビニに立ち寄ってお気に入りの雑誌を読む。読むのは決まって三つのマンガだけで、それを時間ギリギリまで何度も繰り返し読む。

 時間ギリギリに教室に入り、誰と話すこともなく席につく。 いつもギリギリに来るのは自由な時間をなるべく減らすためだった。特に話し相手もいないし、話しかけてくる奴もいない。

 チャイムが鳴り、先生が若干聞き取りにくい声で挨拶をする。クラス代表の声で皆が立ち上がり、少し合っていないが挨拶をする。少女も適当な声量で挨拶を口にした。
 誰も聞かない先生の話が終わり、そのまま授業が始まる。今日の一限は古典だった。教科書を出そうと鞄の中を開けた時、昨日色々ありすぎて今日の準備をするのを忘れていたことに気付く。だが隣に見せてもらうのも面倒なので適当に外を見て過ごすことにした。幸い教師に当てられることはなかった。

 何事もなく午前が終わり、昼休みに入る。他の生徒が騒ぎながら移動する中、彼女は静かに鞄から弁当を取り出して一人で食べ始めた。
 別に苛められているとかではない。ただ、このクラスの中に彼女の居場所はなかった。かと言って彼女が何か特別な扱いをされているわけでもなく、ただただ彼女は影が薄かった。 恐らくは、暗いとか、そう言った悪口も言われていないはずだ。それほどに彼女の存在は希薄だった。


 今日も何事もなく授業が終わる。部活はやっていない。特に向いていると思うスポーツもなかった。

 彼女には、今自分が高校に通う意味が良くわかっていない。 ただただ漠然とした時間を過ごすだけなのだから、行くのは時間の無駄だ。義務教育でもないので行く責任もないのだが、どうしても行かざるをえないような気がした。

 死んでしまおうか、こんな疲れた毎日なら。そう思って彼女はあのビルの屋上に行った。
 そしてその次の日、彼女は死ぬことも許されなくなった。

「おーい、死にたがりちゃーん!」
 校門で自分に向かって叫ぶ男の顔を見て少女は殺意を抱いた。周りからの視線が痛い。
 出来れば死にたい。だがその前にアイツを殺そう。そう少女は誓った。


「……あの名前で呼ぶのは止めてください」
 正実と並んで歩きながら少女は喋る。その節々には僅かに殺意を感じる。

「でも、死にたがりちゃんが名前を教えてくれないから」
 少女がギロリと正実を睨む。その殺気に正実はたじろいだ。

「……名前を教えるのも嫌です。それよりどうして高校がわかったんですか?」
「それなんだけどさー、実はうちの社員の一人に情報収集専門の改造にんぐぇっ……」
 会話の途中で正実の口が止まった。というより、止められた。一瞬頭に何か刺さったのがかろうじて見えた。少女は倒れた正実の頭部を見る。

 正実の頭には長さ10センチはあろうかという極太の釘が刺さっていて、そこから面白いほどドクドクと血が流れている。周りで軽く悲鳴があがった。

「ちょっ、えっ、正実さん!? もしかして敵!?」
 慌てて少女が正実に声をかける。すると釘に何か書いてあるのが見えた。

″この屑の胸ポケットにケータイ入ってるから私に電話して 紗英華″

 少女は色々と理解しかねたが、とりあえず正実の胸ポケットを探る。中からは新しめのケータイとイヤホンが出てきた。 それを勝手に開く。

「うわっ……」
 真っ先にディスプレイに映ったのがあまり子どもには見せられない画像だったので一度正実を軽蔑した目で見てから、少女はアドレス帳から紗英華の名前を探す。名前は登録数が見事に少なかったため簡単に見つかった。

「もしもし、紗英華さん!? これは一体……」
″もしもーし。私は今アンタから見て右斜め後ろ上向き60度の方向ね″
「え?」
 思わず言われた方を見る。しかし人の気配はない。

「……誰もいませんけど」
″だからいるって。アンタの視線の先、2キロ先″
「に……」
 少女は驚いてまじまじとその視線の先を見る。言われてみるとその先にビルがある気がしないでもない。

″言ったろ? 私は目が良いんだよ″
「じゃあこの釘って……」
″私がやった。このバカ、軽々しく改造人間の名前を出しすぎなんだよ″
 それを聞いて少女は背筋が凍りついた。あの距離からこんなものを当てるとは。

″あ、ちなみに私は今日こいつの監視ね。危なっかしいし″
「紗英華さんが監視に来れば良いんじゃないんですか?」
″女の子が二人で歩いてちゃ危ないだろ? ″
 アンタの方がよっぽど危ない。そう思ったが口には出さないでおいた。

″で、そいつのポケットにもう一つ機械があるだろ? それ通信機ね″
 言われてからポケットを探るとカードぐらいの大きさの機械が入っていた。

″学校とかにいる時は常にそれ着けておいて流石にこっちもいきなり学校には入れないから″
「はぁ……」
 不安そうに声を漏らしながら少女は使い方を確認して通信機を鞄の中に入れた。

 そこで漸く正実が起きあがった。頭を押さえながら少女に話しかける。

「ごめん、意識飛んでた! 何か事件とか起きてなかった!?」
「あなたの頭が事件です」
 少女は正実の頭の釘を指さしながら言った。


「そうか、紗英華ちゃんのしわざかー。うっかりしてたなぁ」
 頭に釘が刺さりっぱなしで血を流しながら正実は歩く。道行く人からの視線はあえて気にしないことにした。

「……死にたがりっていうのは紗英華さんから聞いたんですか?」
「うん、そうだよ。あの後面白そうに言ってた」
「……紗英華さんって可愛いですよね」
「ああ、そうだね。まあまだ胸は小さ……」
 本日二本目の釘が正実の頭に刺さった。通信機に交信が入る。

″何を期待してるんだっ、お前はっ……! ″
 興奮した口調の紗英華が言った。


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