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『死にたがりAのラメント 壱 〜自らのパースーツ〜』 作:緑野仁
「……」 午前1時。少女は自分の家の前で突っ立っていた。明かりはとっくに消えているようだ。 少し躊躇いながらも少女はドアノブを回した。鍵は開いているようだ。 真っ暗な玄関に入り、明かりを点ける。その時横の靴棚の上に自分のケータイが置いてあるのに気付いた。画面を開くと新着のメールが来ている。母からだった。 ″お帰り。鍵は閉めておいてね。お風呂は沸いてるから入っても良いよ″ メールを見てから彼女は自分の部屋に向かった。途中で鍵を閉め忘れたのに気付き、慌てて戻る。 途中、彼女は今夜の出来事を思い返す。あの人体改造結社だかなんだかのいかにも怪しい会社のことだ。 「……改造?」 「そう。人体改造組織」 社長は何でもなさげに言った。 「改造人間みたいな?」 「まあそうだね」 「○ョッカーみたいなのですか?」 「あそこまでは行かないけどね」 「……じゃあ、この人たちもショッ○ー!?」 「失礼な」 紗英華が不機嫌そうに言った。足元には正実がうずくまっている。 「私たちは人間本来の力を強化する目的の改造なの。あんな人間離れしたのと一緒にしないで」 「……えっと、紗英華ちゃ……さんは一体何処を?」 「今私のこと子ども扱いしようとしたよね?」 図星だった。見た目は八歳程度だから仕方あるまい。 「んでもって見た目は八歳とか思ったでしょ? まあ八歳だけど」 ますます図星だった。あまりに当てられると心を読まれてるんじゃないかと疑心暗鬼になる。 「心を読む? そんな物騒なもんじゃないよ。ただ、『アンタを見てる』のさ」 紗英華が言った。そして自らの目を指差す。 「人っていうのは無意識にする癖があって、私はそれが手に取るようにわかるのさ。目が良すぎるからね」 「じゃあ、目を……」・ 「というより視神経を、だね。彼女は脳の余った部分を視覚認識に活用している」 社長が頭を小突きながら言う。 「改造と言っても、うちは動物の一部をくっ付けるとかそういう非人道的なことはしないよ。人には無駄な部分がたっぷりある。我々はそれを有効活用しているわけさ」 「じゃあ、私も改造すれば……」 「とはいえ、全ての人が出来るわけじゃないよ。たま〜に脳の負荷に耐え切れなくて頭がおかしくなっちゃう人もいる」 それを聞いて背筋が凍りついた。思い切り非人道的な気がする。 「と、いうわけで。君はうちの秘密を聞いてしまったね?」 「え、はい」 「ということで君には二つの道が残されている。はい、ジェイミー」 「……」 ジェイミーの手には二つのフリップがある。 「一つめ、このまま秘密を貫き通して普通に過ごす」 フリップには何故か劇画調で少女の姿が書いてある。端には「画:ジェイミー」と書いてあった。意外と多才だ。 「二つ。CERO―Z指定の記憶手術で記憶を消……」 「一つめで! 断固一つめで!」 少女は二枚めのフリップを見る前に慌てて叫んだ。ちらっと見せられないものが書いてあった気がする。 「それじゃここの契約書にサインしてくれたまえ。いや大丈夫、詐欺とかでは決してないから」 そう言うと、横のジェイミーが何か書類を渡された。例によって字が細かい。 ひょっとしたら何かまずいことが書いてあるかもしれないが、少女はどうせ死ぬんだからとろくに内容も見ずにサインをした。社長にそれを手渡す。 「はい、どうも」 「それで、もう帰っても良いですか?」 時計を見るともう0時30分だった。 「ああ、大丈夫だよ。紗英華、見送ってあげて」 「分かりましたー」 「え、あの、見送りとかは……うち、近いですし」 「アンタ、契約書の此処もっかい見てみ」 そう言って紗英華は契約書の一部を指差した。限界まで接近して活字を見る。 ″契約者に何らかの命の危険が生じた時のため、私どもの優秀な社員が契約者を24時間体制で監視いたします。なお、その際に生じるプライバシーの侵害などは一切ございません″ 「……」 少女は一度それを見て、もう一度それを見た。紗英華に訊ねる。 「これは?」 「契約書の内容だよ。これにサインしたってことはアンタはこれに同意したってこと」 「まあ、良いですけど……」 真夜中に高校生と八歳児が歩いている光景はどれだけ奇妙なことであろう。そう考えながら少女は出口に向かった。 ビルから出て歩き始めたころ、紗英華がふいに話しかけてきた。 「なぁ死にたがりちゃん」 「死に……まあ間違ってませんけど」 「アンタ、志願理由は何だ?」 流れから察するに、自殺しようとした動機だろう。あまり人に話したくない内容だったが、思い切って話すことにした。 「生きる理由が、わからなくなったんです。このまま生きてて何かあるのかなぁって」 「ふーん。じゃあ死んだら何かあるの?」 それを言われると辛かった。多分この理由も下らない思いつきにすぎない。だが正当化するものが欲しかった。 現実から、逃げたかった。ただそれだけなのだろう。少女は良くわかっていた。 「分かってないね。アンタは自分がどういう奴なのか分かってない」 紗英華はこっちを真っ直ぐ見ながら言ってきた。その強さに少女はたじろぐ。 「ま、それも全部分かってたんだけどね。アンタの口から聞きたかったのさ」 「……」 コイツ、なかなか意地が悪い。そう考えてると紗英華が笑った。 「そうだよ、私は意地悪だ。後悔してももう遅いよ」 とても可愛らしい顔で恐ろしく物騒なことを言っている。喋らなければ可愛いのに。 「……ちょっと、変なこと考えるなよ。あんまり言われ慣れてないんだから」 紗英華が顔を赤くしながら言った。ここら辺は流石に八歳児か。 「あんまり嘗めるなよ? アンタより私のが強いんだからな」 「あはは……」 「何だよその笑いっ」 八歳児にそんな事を言われても笑うしかない。 「ほら、あんまり五月蝿くし過ぎると他所に迷惑だよ紗英華ちゃん」 「子ども扱いするなっ。アンタ私が八歳だって分かって嘗め始めてるだろ?」 「うん、紗英華ちゃん」 どうせ読まれてるだろうからこちらから言った。 「ちゃん付けするのは止めろよっ」 紗英華が必死で抵抗する。見た目はどう見ても八歳なのでいじりたくなる本能が出てくる。 「ほ〜ら紗英華ちゃん、たかいたかーい」 「うわ、馬鹿止めろっ!」 少女は紗英華を持ち上げて上下させて遊ぶ。紗英華が騒ぎ始めた。 その時紗英華のお腹辺りに不審な重量感を感じた。腹の中をまさぐると何かに手が当たる。 「……銃……」 「こら、返せ!」 手元の銃は結構な重さだった。慌てて紗英華に聞く。 「玩具、だよね? 紗英華ちゃん」 「あんまり嘗めてると撃つぞ」 「はいぃ、紗英華さん……」 改めて少女は紗英華を見直した。 「今日はありがとうございました、紗英華ちゃ……さん」 「はいはい。あ、そうだ」 思い出したように紗英華が呟く。 「アンタ、これから自殺させないから」 「え?」 「もう一回契約書思い出してみ」 「えっと……」 少女はついさっき自分を絶望させた文を思い返す。 ″契約者に何らかの命の危険が生じた時のため、私どもの優秀な社員が24時間体制で監視いたします″ 契約者に何らかの命の危険が生じた時のため、…… 何らかの命の危険が生じた時…… 「自殺もですか!?」 少女が叫ぶ。 「と、言うわけで身体に気を付けな。じゃおやすみ」 そう言った紗英華は帰っていった。少女は唖然として立ち尽くす。 |
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