『Oblivion Tale 〜第一話 拾い物〜』*5
作:kousaka−saguru


彼は玄関を開けた。まだ早朝の家の中には全くと言えるほどに人の気配が無い。

「……」

しかし、先日泊めたはずの客が万が一寝ていたときに起こしてしまうのは悪いと思ってか音を立てずにこっそりと家を歩き回る。
ルーカは玄関から入ったときに酒の臭いが薄まっていることに気づいた。
そして、家全体が綺麗になっていることにも気づき、苦笑いを零す。

「悪いことしたか……」

彼は更に一通り見て周り、リビングを見直すと子供が隅で丸くなっているのを見つけた。

「あっ……すいません、勝手に寝てしまって」

近づくと、子供は起きてしまったようで慌てて謝ってくる。

「……ああ、すまない起こしてしまったか、あと、謝ることは無いと思うのだが」

ルーカは立ち上がろうとしている少女に手を伸ばしながら笑いかける。

「えっ、いえっ……」

子供は自分で何を言えばいいのかすらわからず、パニックになっているようだ。

「おっと、そうだ、掃除してくれてありがとう」

笑いながら彼は礼を言った。その瞬間、彼女は大声で謝ってきた。それにルーカはため息をつく。

「……勝手に掃除してすいません!!!」

「……お礼を言ったつもりなんだがな」

少女は、その溜め息の意味がわからずただ首を少し傾けていた。





一時間もしただろうか、二人は連れ立ってルーカ行き付けのあの酒場にいた。
しかし、さすがのバーテンも少女が入って来たときにはげんなりした表情を見せた。

「あの……ここ二十歳以下は入店禁止ですが?」

「ルーカさん? ここでいいんですか?」

バーテンの言葉に不安になったようで、現状唯一の保護者とも言えるルーカに彼女は尋ねていた。

「ああ、間違いは無いんだが……すまないな、ところでアイツは?」

それに御座なりながら返事をしつつ、彼は誰もいない店内を見回していた。

「その前に理由を、どうみても二十以上には見えませんが」

「昨日の頼みごとのことなんだよ、はぁ……アイツいねぇなら一人で出直そうか」

しかし、噂をすれば男は現れる。

「すいません! 遅れましたっ」

「遅い、そんなことじゃ上官にしかられるぞ」

「………はぁ、はぁ」

急いで来たのであろう。そもそもルーカは無理だとわかってこの時間を指定したのでそれ以上は言わない。

「まぁいい。さっさと話を始めよう。お前の言っていた調査だが、他言しない方がいい上に、聞けば危険が及ぶかもしれないが構わないか?」

「はいっ!!」

「そうか。……一番奥、屋上、死体の山、確認は不可だ。その代わりオレのこの情報はこいつに保証させる」

そう言ってルーカは自分の連れてきた子供を前に出した。

「話してやれ」

それに頷いて小さな少女は臆することなく語りだした。

「わかりました。ルーカさんの言うとおりで、一杯死体がありました。……一列に五人ずつ、五列分……なので二十五人の方の死体が」

顔こそ落とし、複雑な表情をしているものの、少女の態度は死体が見慣れたものであるかのようだ。

「荒唐無稽な話だ、信じるかはお前しだいなんだが?」

ルーカは男に問う、男は数分悩んで答えた。

「わかりました、信じます……」

「んっ、それじゃあな、これ以後関わるときはオレがお前を再起不能にするから覚悟しておけ」

「わかりました、では……」

男はそう言って酒場を去る。
その後に残った三人の間には深い沈黙が落ちていた。

『…………』

「あのっ…………ルーカさん?」

「なんだ?」

「バーテンさんも何か軍隊にでもいたのですか?」

少女は何気無く聞いただけだろう。しかし、その瞬間、彼らの動きが止まった。

「そんなことはありませんよ」

「なら、スポーツ選手ですね。それも指折りの」

それにルーカとバーテンは静かに目を合わせてアイコンタクトを取る。二人の顔には既に普段の表情が戻っているが、正直焦っていた。

「……バーテンさん、どこでルーカさんと知り合いましたか?」

その質問に二人は諦めた。少女は言葉に明らかに確信を持っていたのだ。

「いや。こいつは現役だ。……何でわかった?」

「わからないです。ただ、ルーカさんが元軍人で、それに……」

そう言って少女が指を差したのは微かに隙間の見える正面のカウンターの下だった。

「こんなにお洒落なお店なのに隙間風なんて似合いませんよ」

にこりと笑いながら指摘する辺りからは確かに風が吹き込んでいる。

「…………」

「ルーカさん、殺しますか?」

殺気。彼女の目の前でバーテンは黒光りする鋼で出来た重たそうなエル字型の物を抜き取る。

「ひぅっ…………」

少女にだってわかるだろう。銃だった。

「待て。止めておけ。取り敢えずは大丈夫だろ……」
「ルーカさんが言うなれば仕方ありません」

そう言ってその凶器をしまい、彼は普段のバーテンの仮面を被る。

「……でもな……いや、何でもない。さて、取り敢えず、お前の服を買わないといかんか」

その言葉を聞いた途端、少女は驚き、必死に拒絶を始めた。しかし、彼はそんな事はいざ知らず、半ば強制的に連れ出すのであった。




四蔵市健康促進闇市
奇妙なネーミングの市場、四蔵市で一番活気がよくて一番明るい場所だ。そもそも、健康促進するのが闇市の時点で間違っているのだが、抽選で決まったのだ、仕方ない。
そこをルーカと子供は歩いている。
ルーカこそ何食わぬ顔で歩いていたが、少女はかなり嫌そうな顔をしている。

「ルーカさん、いったいどんな生活してたんですか?」

それもこれも、ルーカの悪口が通りの至る所から飛んでくるのだ。中には少女を隠し子だなどと騒ぐ奴もいた。

「私は隠し子じゃないですよ」

「……隠し子じゃないのは確かだな」

苦笑いをしながら、ルーカは前半に触れずに返答する。
少女はそれを聞き、ルーカが目を逸らしたことで、あぁ、言われたまんまの生活だったんですか……と確信していた。
そんな少女にルーカはジト目で見られ、話題を変えようと当初の目的を提示した。

「……服なんて買っていただかなくて結構です。私はそんなに図々しい人間じゃありません」

案の定、子供は拒絶する。しかし、ルーカもそれくらいお見通しだった。

「それなら、お前、家はどうする?」

「野宿します」

「食事は?」

「残飯でも漁ります」

「服は?」

「このままで構いません」

強情にも断り続ける少女に、ルーカは呆れながらも、一つの事に気付いていた。それは、断るときに微かに困ったような表情を見せるのだ。まるで、甘えたいような。

「なら、提案だ。お前をハウスキーパーとして雇いたいのだが?」

「……」

「そうだな、衣食住は保証しよう。勿論、給料も払う」

そんな端から見ると恐ろしく魅力的な条件。しかし、それ故に彼女は警戒していた。

「……」

「まぁ、どうする?」

目の前の男が冗談や、騙す為に嘘を吐いているとは少女思わない。思いたくないと感じていた。それでも、何故記憶を失っている自分にここまでしてくれるのかが理解できなかった。

「ルーカさん、何でそんなにしてくれるのですか?」

「……そうだな。お前をそのまま放置してしまうと後味が悪いからだな」

それは彼の本心のようだった。

「……ルーカさん、私の覚えてることを聞いたら貴方は私を殺すかもしれないですよ?」

「何だ?」

「私は……家の場所も、親の名字も覚えてます。それに…………私……ルーカさん達が何でバーであんな事をしたのか理解しているつもりです。……自分の事は何一つ思い出せないのに、あれだって……何でか知らないけど頭に思い浮かんだんですよ」

その言葉……重要な部分こそわからないが、彼女の表情は俯き泣いているように見えた。

「なら、場所を言ってみろ。わかるかもしれないしな。別段お前を殺そうとかは考えてないから安心しろ」

「……節見市です」

「……聞いたことないな。国は?」

「日本です」

「そうか。ここは日本だが」

その言葉に少女は少し顔を明るくする。

「ならっ、ここは何県ですか?」

それはまるで宝物を見つけたようなそんな表情だ。
しかし、答えは非情だった。

「県? 何だそれは?」

少女にとっての当たり前が彼に通じない。理不尽な何かがこの中にある。そんな予感に少女は目を見開いた。

「あの……地図がみたいです」

そう言った少女に、ルーカは頷きながら近くにある看板を指差し示した。
そこにあった地図。それを眺めて彼女は全身から力が抜けたように膝から崩れ落ちた。

「節……見…………市?」

それは見慣れた地図。間違いなく自分のいた街。そのはずなのに、そこに彼女の知る物は無い。

「何で学校の場所に団地が?」

「?」

「ここ……どこなの?」

わけがわからない。そう言って暴れださないだけでも彼女が自分の気持ちを落ち着かせようとしているのがわかる。

「ここは日本。神下、四蔵市だ。……大丈夫か?」

膝立ちのまま彼女は振り向く頬をひくつかせ、必死に笑顔を取り繕っていた。

「……」

しかし、何の声も漏れることはなく、不意に緊張の糸が切れたようにその場に完全に倒れてしまった。

「おいっ!? しっかりしろっ!!」

彼はすぐに駆け寄り、全身に異常が無いかを確かめる。
異常は無いようだが、彼女に何が起きたかもわからず、彼はそこで呆然としてしまう。
そして、暫くすると、周囲の騒然を掻き分けて、救急用の車両が到着するのだった。



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