『Oblivion Tale 〜第一話 拾い物〜』*2
作:kousaka−saguru


雨が降っている。
梅雨時のそれはシトシトと静かな音をたてて落ちてきていた。
そんな中に傘もささず、足を引き摺った初老の男が歩いている。トロンとした目で揺ら揺らと歩いていた。
周りの人間は酔っ払いに関わるとろくなことにならないとばかりに避けて歩く。
一人孤立したままただ歩いていく、その酔っ払いの足は小さな酒場に向かっていた。

「いらっしゃいませ」

落ち着いた声が出迎える。
人の善さそうな細い目でオールバックのバーテンは慣れたようにその酔っ払いを招き入れた。

「いつものだ」

初老の男はそういうとカウンターに突っ伏してしまう。既に呑んでいて気持ちが悪いのかわからないが、テーブルには男から零れる水が広がり、美しい表面が滲む。

「わかりました、それにしてもこんな雨の日に傘もささずに来るなんて……ホットミルクなどはいりませんか?」

バーテンはしかし、そんな男にも優しく声をかけ、身体を温めるものを勧めるが、男は声を荒げてそれを断った。


「さようで……」

落ち着いたバーテンは、ただその男の前で微笑みながらカクテルを作る。

「どうぞ」

彼の作ったカクテルの置かれる音がなる。

「おう」

鷹揚に返事をしながら男は少し体を上げるとそのカクテルを飲み干て、次の一杯を要求した。

「ははっ、よくお飲みになられる、毎度毎度ありがとうございます」

「ああん? そうか、それなら早く作ってくれ」

「わかっております」

常にそんな調子で時間は過ぎていく。客が来ることは無く、ただ、時折激しい雨音が窓を叩くことがあるだけだ。

「それにしてもよぉ、お前の腕は確かなのになんでこの店は流行らんかねぇ」

「さて、どうしてでしょう?」

彼は男のせいにする事もなく、本当にわからないと言うように苦笑いしながら続ける。

「……私にはわかりませんよ、ただいい物を出したいとは思いますけどね」

「まぁいいんだけどよ、お前の店が流行って待ち時間が延びるのはいけねぇ」

「そうですか」

二人は笑顔を消すことなく、そんな会話をする。酔っ払いの男はさっぱりした表情で立ち上がりながらお代を置く。

「ああ、オレはこの店の常連でずっといたいもんだな、じゃあ、ありがとうよ」

「またのお越しを」

男はバーテンに背を向けて店を出るとまた雨の中をふらふらと何の目的も無しに歩く。さっぱりしたような表情は既に無く、ただ、酔った男らしく真っ赤な顔をしているだけだ。

「うっ」

しばらく歩いていると、急に口を押さえて男はそばにあった細い路地へ入った。

「ぐぇっ、ぐぉぉ」

路地の中央あたりまで入ったところで男は吐瀉しそのままその場に蹲る。そうとうに気持ち悪いのかなかなか立ち上がらない。

「あぁ…」

しかし、怠さにやる気を無くしたような溜め息を吐くと暗がりでよく見えない中、男は立ちあがりそのまま歩き出す。更に長々と街を徘徊すると、時計の針が天辺を越えるくらいに、ようやく彼自身の家のような場所に辿り着くのだった。





音をたて開いた扉、その中は酒の臭いで充満していた。自宅のその状況、それに男は何も思わないのか、酒ビンを蹴飛ばしながら気怠そうに歩き、リビングに入る。

「ああああああああああああ、くそぅ……なんかいいテレビでもやっとらんか」

そこで酒ビンに埋まりかけたソファに座るなりそう言ってテレビをつける。
テーブルの上に置いてある中身の半分くらい残った酒瓶を手元に寄せるとラッパ飲みをしながらボーっとテレビに映される画像を見つめていた。

『では、四蔵市内の最新ニュースです、ほぼ一年前に放棄されていた口泉団地の土地が日本国軍によって買い取られていたことが発覚しました。それに対して軍は「今回は新たなる市街地訓練の場として、建ちかけの建物は攻撃された際に戦いの場とされることもあるでしょう、そのための物です」とのコメントを残しており今後、新たなるモンスター発生時の迅速な対応が期待されます。では次のニュースです』

「ほう、軍も少しは考えてるようだな……それにしても、時化た番組だ……もっとましなのはないのかぁ」

その後もリモコンでパチパチとチャンネルを変えるものの、気に入ったものは無いようで男はそのままソファーに座ったまま寝てしまったのだった。





数日後、わずかな梅雨の晴れ間、しかし、男は変わらず、昼から酔っ払い大通りを歩いていた。たまに通る車にクラクションを鳴らされ運転手に白い目で見られているが気にしていない。
そんな姿で男は行きつけの小さな酒場を訪れる。

「いらっしゃいませ」

いつものように落ち着いた声に出迎えられた。しかし、いつもと違い、他にも店内に人が居る、見た目は三十歳くらいだろうか、癖の強い髪をして、地味な色の服を着た男がただ静かに飲んでいる。

「んっ?」

酔っ払った男は地味な服の男を睨み、動かない左足を引き摺り地味な服の男の後ろに立つ。その不穏な空気を感じてかバーテンは止めに入った。

「店内で暴れるのは止めてくださいね」

酔っ払いはその言葉に素直に従い振り上げていた腕を下ろす。しかし、表情は訝しげ、かつ冷たいながらも燃えるような憎しみも見て取れた。

「なぜここに居る?」

男の詰問に、彼はあくまでも落ち着いたまま答える。

「貴方がここに毎日来ているのを聞いたからです」

その答えに一気に店の空気が冷え込み、一触即発の雰囲気になった。

「足だけじゃ不満足か?」
男は引きつった顔のまま左足に手を置いて尋ねる。それに対して返ってきた返答は男を怒らせるのには充分過ぎた。

「いえっ、今日は……頼みごとがあってきました……」

まさに一瞬。椅子に手を掛けたように見えた瞬間、彼の身体が地面から浮いていた。

「そうか、よくもそんなことが言えたな。それは評価してやる。だがそんなもの請ける気などサラサラ無い、バーテンっ、いつものだ」

「わかりました」

バーテンが作り始めると同時に地味な服の男は訥々と語りだす。

「ルーカさん、貴方のその足をやったことは私は後悔してません。ですが、貴方に悪いことをしたという気もちは持っています……と言うようなことよりも、今回は頼みごとをしたいだけなんです」

酔っ払い――ルーカは憎しみを込めた目で地味な服の男を凝視する。常人ならばその恐ろしさに気絶していたかもしれない。そう思わせられるような形相だった。
男は今にも殴ろうとするのを耐えている。カウンターの下には震える握り拳があった。強く、強く握られて。

「バーテンさんも言っていました、殴るなら外に出てからにしてください、私は構いません。それよりも頼みごとを、口泉団地の話なんです……数日前のニュースで知っていらっしゃるかもしれませんが……軍はあそこを一月ほど前に買い取りました、あそこは私みたいな訓練生なぞが入れるわけもないんですが、ルーカさんなら元々持ってた力で入れませんか……?」

その場所にはルーカにも記憶はある。まさにその数日前のニュースで知っていた。しかし、体勢はそのままに彼は尋ねた。

「そんなことオレ以外でも何の問題も無いじゃないか……なぜオレだ……」

その質問に、持ち上げられたまま彼は笑い答えた。

「ハハッ……私に貴方以外相談できそうな人が居ないからですよ。貴方を傷つけたから、周りに拒絶されてるんです、金や地位のためなら何でもやると。貴方は少なくとも訓練生の話でも聞くだけは聞いてくれる人でしたのでもしかしたらと思ったのです」

そんな、まるで自分を嘲笑するような笑みもルーカには通用しない。

「はんっ、そんなもの聞いてオレに何の得がある……オレはここで飲みたいからお前の話に付き合っているだけだ」

地味な服の男の笑みは苦笑いに変わる。

「それでいいです、私はあそこの団地に入るはずだった親と連絡が取れなくなっているのでそこが知りたいのです。約一年前まで、口泉団地はその時点で多くの四蔵市に住む軍人の家族が入る予定で人気が出ていました。しかしその工事は途中で頓挫してしまいました、ですが、それから十ヶ月、突然私は自分の家族と連絡が取れなくなりました。それが軍が口泉団地を買い取った直後だったんです……それで気になったわけです」

バーテンはすでにカクテルを作り上げ、ルーカの前に置いていた。

「オレには関係ないな……しかもこれは軍の機密に関わりかねん……」

「そうですね……私は親が居なくなったらそれまでですから、私はこれでいいんです、消されても気にしません。ですが、ルーカさん、貴方は自分の身一つです、死にたくなければ軍にリークしてください」

男は諦め顔でそう言った。それに対してルーカは複雑な顔をする。

「それなら……オレの家へ来て話すべきだったな……玲葉すまない」

それにバーテンが反応する。

「いえいえ、それより、本名をここで言わないでください」

「ああ、すまなかった……こういうことだ、バーテンにまで迷惑だったな」

「あっ……すいません」

「と言われましても……私はリークしてしまいます、貴方は命がなくなってしまう。こうなるとこちらも少し罪悪感がありますね」

ここまでくると処分されかねないそれを理解してか、バーテンも、男も暗い空気を纏い、ルーカはそれを見て溜め息をついた。

「はぁ……これは面倒だな」

その顔は間違いなく面倒だと言っており、男の不安な顔が更に不安気になるが、次にルーカの口からでた言葉は彼を驚かせるのに充分だった。

「仕方ない。助けてやる。その代わり、当分はここのお代を出せ」

「えっ……」

「言ったとおりだ、お前の親のことなんぞ知らんが何が起きているか見てこればいいんだろう? それくらいならやった方がましだ、万が一にも情報のせいで追われて消されてもかなわん、オレはあそこへ行っても不思議は無い人間だからな。お前達は適当に口裏を合わせておけ、今夜オレは行く、だがオレが行くことを不審に思った軍がお前らを尋問するかもな、それをごまかせ、そうすれば誰も傷つかん」

そしてルーカは男を離し、カクテルを飲み干した。男はただ、唖然としてルーカを見ていた。



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