『アースロッド 地の巻』第2章「第2、第3の試練」
作:璃歌音



 次の部屋は、洞窟ではなく、石壁に包まれた無機質で人工的な部屋で、大きな水槽のようなものを隔てた向こう側に次の扉があった。水槽は左の壁から右の壁までぴったりと床に埋まっていて、なみなみと水が湛えられていた。
 しかし、水槽の水は底が見えるほど澄んでいて、アディの腰までしか高さがなさそうだったので、そのまま入ってみることにした。
「なんだ、石を使わなくても行けそうだな」
 すると、水は思ったよりどろっとしていて、足にぴりっとした痛みが走り、アディは急いで戻った。足を見ると、靴と服が少し溶けていた。
「なんだこれ……。危なかった……。やっぱり石の力が必要か。んー、蒼の石!どうにかしてくれ!」
 しかし、何も起こらない。蒼の石は何の反応も示さなかった。アディが、具体的な念を送らなかったためである。
 そのとき、アディはふと昔読んだ本のことを思い出した。アディは本が好きで、数え切れないほどの本を読んでいた。ある本に、昔、蒼の石を使って海を真っ二つに裂き、悪い人間に追われる人々を助けたロッド使いがいたと記されていたのだ。
 アディは、蒼の石に水槽の水を割ってくれと念じた。
 次の瞬間、蒼の石から透き通った水色の光が飛び出し、水が飛び散るように水槽の水に当たり、水を二つに裂いて道を作り出した。
 想像通りにできたことに喜びつつ、水がまた元に戻らないかと心配しながら向こう岸まで渡った。アディが渡り終えると、水は何事も無かったかのように元に戻り、それからは波一つたたなかった。
 次の扉へ歩いていき、前回同様、《ちからいし》を穴にはめ、扉を開ける。小部屋に入ると、台座には大地の力をつかさどる翠の石が置かれていた。アディは、翠の石をロッドに取り付けると、第三の試練へと進んだ。
 三つ目の部屋は、鬱蒼と木々が茂る部屋だった。アディは足を進め、部屋の中に入っていった。
 その時だった。
 アディのいる部屋が大きく揺れた。アディは最初、地震が起こったのだと思った。が、すぐに思い直した。
 ここは異次元空間だ。地震が起こるわけがない。
 アディがそう考えていると、今度は部屋の壁が大きな音を立てて崩れ落ちた。潰される。そう思った次の瞬間、アディは村の広場に立っていた。周りを見てみると、集まっていた村人たちが、散り散りになって逃げていた。
「アディ、すまん。異常事態じゃ。試験は延期する。今はとにかく逃げろ!」目の前に立っていた村長が走り出しながら言った。
「一体何が……?」
 答えは聞かなくても分かった。すぐに黒ずくめの集団が闇の生き物を引き連れてやってきたのだ。集団はそれぞれが闇の生き物に指示し、村の家々を破壊させていた。その中には、アディが本で見たことのある生き物もいた。大柄な男とともに家を壊しているのは、オルゲドという名の鋭く長い爪を持つ凶暴な怪物だ。
 すると、突然何者かに腕を掴まれた。驚いて振り向くと、そこにはアディの父親のダアルが立っていた。
「早く逃げろ!」
 が、アディは動こうとしない。試練で使っていたロッドはまだ手に持っている。このロッドでどうにかあいつらを追い払えないか、そう考えていたのだ。
「お前には無理だ! 逃げることだけを考えろ!」アディの考えていることが分かったかのように、ダアルがアディを引っ張りながら言う。
 すると、向こうから悲鳴が聞こえた。
 母さんだ。
 声の聞こえたほうを見ると、さっきのオルゲドがアディの母、ディラを長いつめで持ち上げていた。その光景を目にした瞬間、アディの中に激しい怒りが燃え上がった。
 今持っている翠の石は、大地の力をつかさどっていたはずだ。
「やめろおおぉぉぉぉぉぉぉぉ!!」
 アディは叫びながら走り出した。
 緑の石に念じて、オルゲドの足元の地面を大きく盛り上がらせる。驚いたオルゲドが手を緩めたので、ディラはなんとか逃げ出すことが出来た。
 母親がダアルの元へ逃げたのを確認すると、アディはオルゲドに地面にあった石を飛ばして大量にぶつける。
「アディ! やめろ! もういい!」
 ダアルが叫んだが、怒ったオルゲドは、アディに黒い影の塊を飛ばしてきた。なんとかその攻撃をかわしたが、左の肩をかすってしまった。アディの肩に激痛が走る。見ると、肩の部分だけ服が破れ、酷い火傷のような傷が出来ていた。最初の激痛は去ったが、まだひりひりと痛む。
 気づくと、アディはすでに黒装束の集団と闇の生き物たちに囲まれていた。とっさに、一番小さなモンスターに土の塊をぶつけてひるませ、出来た隙間からすり抜けた。
 そのままアディは必死に走って逃げる。黒装束たちもアディと同じ方向に歩いては来るが、追いかけてくる様子はない。どうやら、この方向に目的があるらしい。
 不安になったアディは、大地の力を借りて猛スピードで走り続けた。


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