『十神十色 生死編T ―死の神―』
作:璃歌音


*3

 太一が出会った二人目の死者は女だった。
 女は、自宅の風呂場で手首を切って自殺したのだと言う。その腕の生々しい傷は、見ているだけで痛々しくて、太一は思わず顔をそむけた。
「……なんでまた自殺を?」
 太一は、つい尋ねてしまい、「死の神」に嫌な視線を投げられてしまった。確かに、仕事の邪魔をしてしまったかもしれないが、ならば「お手伝い」とやらはどうすればいいと言うのだろうか。
「…………言いたくないです」
「じゃあもう地獄行きで! さっさと次行こうっ!」
 「死の神」がさっさと判断を下す。今回は妙に気が立っている「死の神」に太一は思わず声をかけた。
「どうしたんだよ。さっきみたいに事情を聞くべきじゃないのか?」
 「死の神」は何も言わずに女を見つめている。その顔には、このわずかの間の中でも特に強い、かつ、冷たい感情が表れている。
「死にたくないのに死んでいかざるを得ない人間が大勢いるなかで、わざわざ自分から自分の命を絶つ。まったく何考えてるんだろうね? バカじゃないの? 死んで何になるっていうのさ。周りはなんにも変わらないし、自分だってまだ何が起こるか分からなかった人生を捨ててしまった。ホントに救いようがないよね」
 いくらなんでもそこまで言うことはないんじゃないか、と太一は思ったが、とても口を挟めるような雰囲気ではなかった。
「で、でも! アイツに捨てられて、全部持ってかれて、アタシにはもうなんにもなくなっちゃったのっ!」女は、必死に己の悲運さを訴える。
「だからなんだってんだよ」
 「死の神」の鳥肌が立つほど冷たい声に、女は身をすくめる。
「たかが男に捨てられたくらいで、たかが金や物を失ったくらいで、何が『なんにもない』だ。アンタよりも、ずっとなんにも持ってない人間がどれだけいると思ってんだ。馬鹿なこと言うのもいい加減にしろよ。だいた」
 いつまでも「死の神」が黙る気配がないので、太一が強引に口を挟む。
「ど、どうしたんだよ。『死の神』なんだから、もっとクールに冷静に判断するべきじゃないのか? まあ、確かに自殺なんてバカバカしいとはオレも思うけど、さ。なんでそこまで自殺した人を憎むんだよ?」
 すると、「死の神」が今まで女に向けていた視線を太一に向けた。その目があまりに冷たくて、太一は思わず割って入ったことを少し後悔した。
「だって……自殺なんかされるとボクの仕事が増えるだろ」
「なっ……!」
「冗談だよ」
「オマエなぁ! 自分で冗談なんか言えない雰囲気作っといてっ」
 言い募る太一を「死の神」が手で制す。
「で。自殺だって自分という1人の人間を殺してるわけだから、立派な殺人なんだよね。殺人に立派も何もないけど。人殺しちゃったら、地獄行き決定なわけです。例外がないことはないけど、キミの場合は適用されない。いいね?」
 急に事務的な口調になった「死の神」。太一が声を掛けたことでなにかしらの変化があったようだ。
「い、いや……。アタシ、やり直したいっ! 死にたくなんかないっ!」
「甘ったれんなっ!!」
 突然、大声をだした「死の神」に女だけでなく、太一も驚いて身を引いた。
「アンタはもう死んでるんだよ。これ以上神経逆撫でするようななこと言うのはやめてくれ」
「神って神経あるのか?」
 「死の神」は振り返らなかったが、恐ろしい形相になったことは女の顔が凍りつくことから容易に想像できたので、太一は慌てて女に話題を逸らす。
「あー、えっと、オレもよくわかんないんだけどさ。もう死んじゃったからには、どうしようもないから。地獄に行ってもきちんと後悔して、反省してればなんとかなるみたいだからさ。……な?」
 太一の言葉が効いたのかどうか、女は諦めたような表情で立ち上がる。女に視線を向けられた「死の神」は、容赦なく指を鳴らし、女を消した。
「いろんな人がいるんだな」
「最近、あんなのが増えてきて腹立つ」
「なあ、どうして自殺に対してあんなに取り乱すんだ?」
 「死の神」は何も答えない。しかし、太一は他にも気になることがあったのでそれ以上の追求はしなかった。
「ところでさ、人はいつかは死ぬんだから、自殺したって老衰で死んだってオマエの仕事の数そのものは変わらないよな?」
「キミ、意外に頭良いんだね」
「意外にってなんだ、意外にって」



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