『十神十色 生死編T ―死の神―』
作:璃歌音


*2

「あ!? なんだここは?」
 太一の目の前に立っているのは、真っ白なスーツを真っ赤に染めた眼光鋭い男だった。
「こんにちは。『死の神』です」
「『死の神』……? なにをふざけてるんだ!?」
 黙って立っているだけで恐ろしい人なんだから、下手に怒らせないで欲しい、と思う太一だったが、お構いなしに「死の神」は自分のペースを守る。
「信じられないかもしれないけど、キミは死んだんだ。兄貴の仇をとってね」
「そうだ兄貴! ……オレは、仇をとれたのか?」
「うん」
「そうか、なら良かった」
 「死の神」と意思の疎通が図れていないために、事情がまったく分からない太一だったが、自分が死んだということよりも大事なことなんてあるのか、と素朴な感想を抱いた。
 スーツの真っ赤な染みが気になる男の説明によると、今しがた死んだらしいこの男はどうやら、いわゆるヤクザとかそういう関係の人間で、敵対勢力に殺されてしまった「兄貴」の仇をとるために命を落としたのだという。
 「死の神」はなかなか聞き上手で、コワモテの男からも上手く状況を聞きだしている。しかも当の本人は既に声を震わせているではないか。
 ところで、さっきの会話からすると「死の神」は事情を知っているはずなのにどうしてわざわざ説明させたりするんだ? という疑問が浮かぶ太一だったが、「死の神」は何も言わない。
「あ、兄貴は……悪さばっかりしてたオレを拾ってくれてよ、いろいろ世話してくれたんだ。…………そんな兄貴を、たかが勢力争いのために……許せなかった!」
 実に典型的だ、太一はそんなことを思ったがまさか口に出せるわけもない。いくら既に死んでいると言っても、痛い目に遭いたくはないからだ。
「うん。そういうの、どうでもいいんだ」
 男の、涙ながらの身の上話を「死の神」がばっさりと切り捨てる。この黒ずくめのクソガキは一体何を考えているんだろう。つい、太一の心の中の口調も荒くなる。
 「死の神」の見た目を見る限りでは、太一とさほど年齢は変わらないように見えるが、言動からはどうしても見た目よりも幼いように感じてしまう。もちろん、神の年齢を人間のものさしで測ろうということ自体に、無理があるのだが。
「キミが死んだときのことだけど。……何人か殺したよね?」
「……ああ。あいつらは兄貴一人に大勢でかかっていきやがったひでぇ奴らだよ。兄貴を殺すのにちょっとでも手を貸したやつは全員ヤった」
 男の言葉に鳥肌が立ったのも束の間、太一は「死の神」の言葉に耳を疑う。
「じゃ、ダメだ。地獄行き決定ー。はい、次いきましょー」
「えっ、いくらなんでも杓子定規過ぎないか。この人は兄貴さんの仇をとって……」
「でも、人の命を奪ったんでしょ? 人に限らずとも、故意に命を奪えば地獄行きって決まってんの。まあ、厳密に言うとほとんど全員地獄行きになっちゃうからケースバイケースだけど、この人の場合は、厳密に言わなくても、地獄行き確実」
「でも、誰かを助けるために命を懸けて死んだら天国行きなんだろ?」
「この人は違う。この人が死のうが死ぬまいが、どっちにしろ兄貴はもう死んでたんだ。助けてなんかいないよ」
「でも……!」
 太一は反論を続けようとしたが、男がそれを止める。
「ボウズ、ありがとよ。でもな、オレが人を殺したってのは事実だからよ。それで天国に行けるなんて思っちゃいねぇ。別に地獄行きになったからってオマエを恨んだりなんかしねぇよ。そんな小せぇ人間に育てた覚えはねぇって、兄貴に怒られちまうからな」
「兄貴が生き返るわけでもないのに無駄に命を奪うような人間には育てたけどねって?」
 突然、「死の神」が口を挟む。口調はふざけているようだが、その目は冷たい光を放っている。
「なんだと!」
「……」
 「死の神」は、無言で死者を見つめるのみ。管轄が「死」であっても神は神だからだろうか、底知れぬ威厳のようなものが急に漂いだしたように感じる。そして、男はがっくりとうなだれた。
「そうか……。そうだよな。『死の神』様とやら、早くオレを地獄に送ってくれないか」
「反省、後悔……。そういう前向きな感情があるならきっと生まれ変われるから、安心して」
 「死の神」がそう言って指を軽く鳴らすと、次の瞬間には既に男の影も形も無かった。
「あれ? ……なんか、あっけないんだな。もっとすぅーっと消えていくのかと」
「ドラマの見すぎだよ。現実はそんなにドラマチックじゃないのさ」
「オレには今この状況も現実には思えてないんだけどな……。……? そういえば、反省してれば生まれ変われるって言ってたけど、生まれ変われないこともあるってことか?」
「ああ、地獄に行ってもどうしようもないヤツは消えるんだ」
「……き、消える?」
 突然飛び出した、ぼんやりと恐ろしさをはらむその言葉に太一は思わずたじろぐ。
「んーと、キミたちの言う『魂』ってやつかな。天国や地獄に行くとそういう状態になるんだけどね、それが消えちゃう。パン! って泡が割れるみたいに。面白いよ、『魂』が消えるところを見るのは」
「……」
「ちなみに、キミたちが考えているような『天国』や『地獄』なんてのも、実際とは大きく違うよ。なんせ『魂』だけになるんだから。どっちもなーんにも無くて、『魂』がゆっくり浄化されていくだけ。ま、天国と地獄ではその方法がちょっと違うけどね。詳しく聞きたい?」
「……遠慮しておくよ」
「賢明な判断だね」
「……」
「さあ! 次、次!」
 急に口調を明るくした「死の神」は、また歩き出した。
 太一はつい、思わず「死の神」を責めるようにして、自分の意見を言ってしまったが、ふと、今のようなことを「死の神」は延々と繰り返しているのだ、ということに気づく。
 しかし、途方も無い作業――作業、などという言葉ではそぐわないかもしれないが、他に適切な言葉を太一には見つけられなかった――を続ける「死の神」の苦労など、単なる人間に過ぎない太一には、知る由も無かった。
 そういった一連の太一の思考を、「死の神」は読み取っているはずなのだが、その表情からは、逆に太一が彼の感情を推し量ることは出来なかった。



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