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『十神十色 生死編T ―死の神―』
作:璃歌音 *4 「あー! とうとう来ちゃったか」 「死の神」が嘆く原因は、彼の目の前に座る老婆だ。やくざの男、自殺女と続き、三人目は一体どんな死に方をしたのだろう? と、太一は不謹慎な興味を抱いてしまう。 どこからともなく取り出した帳簿か何かのようなものを眺めながら「死の神」は呟く。 「えーっと。年齢は九十八歳。死因は……と、これは要は老衰だね」 不機嫌な表情でぶつぶつ言っている「死の神」を、百歳近い年齢にしてはずいぶん若々しい老婆はちょこんと正座して、ただにこにこと見つめている。 「死の神」が不機嫌な理由は、太一にはおおよその察しがついていた。おそらく、彼女が地獄に送る理由が一つもない善良な人間だということなのだろう。天寿をまっとうした穏やかな死に方と、同じく穏やかなその表情を見たところはそう思える。 「どうするんだ?」 とりあえず「死の神」に訊いてみると、 「キミもなかなか察しがいいね。……おばあちゃん、地獄に興味ないかな?」 「死の神」お得意の、とんでもない提案がまた顔を見せる。 「なっ!?」 「あたしゃ、じいさんの居る処に往ければええよ」 彼女の返事を聞き、頭を抱える「死の神」。その「じいさん」、つまり彼女の伴侶は既に天国に行っているのだろう。 「キミもまた、急に頭の回転が速くなったね」 「いろいろあったからね。少しは自分なりに考えられるようになってきた」 「おばあちゃん、もうちょっとここで待っててもらってもいいですか?」 「死の神」がしゃがんで老婆に話しかける。 「ええよ、ええよ。いつまでだって待ってるさ。もういくらでも時間はあるからね」 返事を聞いた「死の神」はにっこり笑って指を鳴らす。半ば強引に彼女を地獄送りにしてしまうのかと一瞬焦った太一だったが、老婆が消えるのではなく、逆に座布団とちゃぶ台、急須と湯飲みに入ったお茶が現れた。それは、何も無いこの空間にあまりにも不釣合いで、しかも、老婆にはあまりにも似合った代物で、思わず太一は笑みを浮かべてしまった。 行き場のない死者に「ちょっと待ってる」ためのセットを授けた「死の神」は、くるりと踵を返して歩き出した。 「おい、あの人どうするんだよ?」 「知らないよ!」 「ええ!? 知らないって、『死の神』のオマエがそんなことでどうするんだよ!」 「じゃあ、どうすりゃいいんだよ! ボクにもわかんないんだよ!」 振り返った「死の神」の顔は、苦痛にゆがんでいた。その表情を見た太一は何も言えなくなってしまった。 その後も、生まれるか生まれないかのうちに流れてしまった赤ん坊や、通り魔にいきなり刺し殺されてしまった被害者など、とても地獄には送れないような人間が続々と現れてしまった。彼らは、もはや限界の見えない「死の神」の力で一箇所に集められている。 「……で? どうする?」 「…………」 「どうしようもないのはわかるけどさ、かと言って何もしないわけにもいかないだろ?」 「わかった」 「え?」 「仕方ない」 「何か手があるのか?」 「『生の神』に会いに行く」 「せ、『生の神』!?」 「死の神」が居るのだから、「生の神」が居てもなんらおかしくないだろう。そうは思っても、太一には知らないことの連続についていくのが大変だった。 「うん」 そう言うと、「死の神」は迷いなく歩き出す。太一は、黙って追いかけるしかなかった。 To be continued...
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