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『何故解通−ナゼトキツウ− 解決編』 作:武士道さむらぃ 「犯人はアナタです」 真実は目の前に記されていた。 迷うことなど何もない― 「とりあえず、佐手さんを仰向けにしてみましょうか」 楠田はそう言うと皆を引き連れて佐手の死体を訪れた。 そして、背中のナイフを佐手の体を転がす。 佐手の胸元には、刃物で刺された跡があった。 「恐らく、綾崎さんが佐手さんの顔を見たのは事実でしょう。そして―」 楠田は桜坂を指差して言った。 「桜坂さん。アナタも佐手さんの顔を見たハズです。胸に刺さったナイフもね」 桜坂の額からはわっと汗がふきだした。 「……お前がやったのか?」 紀野は桜坂に疑いの眼を向けた。 「ちがうわ! 私はただ、手紙を……」 「そう、手紙を。アナタは手紙を出しただけです。殺人犯は他にいます。ねえ、紀野さん?」 楠田は紀野ににっこりと笑いかけてみせた。 「俺が犯人だって? 何を言ってんだよ。意味が分かんねえ」 意表をつかれた紀野は顔色を変え、慌てて取り繕う。 楠田は一人で勝手に頷き、そして口を開いた。 「では、僕の想像する事件の姿をお話しましょう」 その言葉に全員がごくりと息をのむ。 「まず、綾崎さんは昨晩あの手紙を発見しました。 そして、秘密を知るべく、今朝になって刃を探しにキッチンに向かいます。 しかし、そこには手掛かりはありません。 そこで、彼女は無くなった一本のナイフを探しつつ廊下を歩いていると、胸を刺された佐手さんを発見します。 しかし彼女の着ぐるみには睡眠薬でも仕込んであったのでしょう、気付いた時には―皆が集まっていた。 綾崎さんの遭遇した事件はこのような所でしょう。 一方、桜坂さんは綾崎さんに例の手紙を送り付けます。 恐らく、秘密のことでコンタクトを取る必要でもあったのでしょう。 そして今朝になって彼女も現場に遭遇します。 ここで胸を刺された佐手さんを目撃したわけです。 その後彼女も眠らされ、そして― あとは皆さんの見た通りです」 楠田は一通り述べると、満足したのか2、3回頷いた。 「……いい作り話を聞かせてもらった。そして犯人は俺ってわけか……。証拠もない、動機すら分かってない、ただの妄想だな」 紀野は余裕を見せた。 そして楠田を嘲笑うかのように鼻で笑う。 「……動機ならあるじゃないですか。秘密の内容ですよ。アナタはそれを知っています。そしてそれが欲しいハズだ」 紀野は目の色を変える。 「俺はそんなものが存在してるとは信じてない。噂なんてたいてい嘘だからな」 「……そんなもの、とは?」 「だから、そんな研究データがあるわけ……」 紀野は しまった と小さく呟いた。 イラついて舌打ちをする。 「研究データ、ですか。オカシイですね。誰もそんなこと言ってないはずですけれど……。ところで綾崎さん。その秘密について何か知ってますか?」 その言葉に綾崎は曖昧に頷いた。 「この屋敷では以前、生体研究が行われていたそうです。確か、クローンの研究だったかと。そしてその研究データは今世紀最大の財宝と謳われているそうで、今もこの屋敷のどこかに眠っているとか……」 顔色から察して彼女も噂でしか聞いたことがないらしい。 しかし、楠田の求めている回答ではあった。 「そういえば紀野さん。アナタは生物学を研究していらしてるんですよね。何を専門にしているんでしょう?」 紀野は何も答えない。 悔しそうに唇を噛んでいる。 「しかし、これらは全て憶測に過ぎません。やはり犯人は綾崎さんか、あるいは桜坂さんでしょうか」 紀野はそれに便乗して その通りだ などと吐く。 不意に楠田は桜坂を向いた。 「桜坂さん、今アナタには疑いがかけられています。それに紀野さんも便乗するつもりなんでしょう。それでも口を閉ざす理由、アナタはお持ちですか?」 桜坂は楠田の言葉にびくっと反応した。 一度静かに目を閉じ、閉じた目をゆっくりと開いた。 「……分かりました。私は紀野さ」 「桜坂っ!」 紀野は怒鳴ったが、彼女はそれを無視して続ける。 「私は紀野さんにある計画を依頼しました。 秘密を綾崎さんより先に手に入れる、という計画です。 私は秘密を解く鍵を持っていました。 しかしその場所が分からなかったのです。 ですから紀野さんに綾崎さんからそれを聞き出してもらいたかったのです。 先程話題に上がった噂をお話したところ、紀野さんは快く引き受けてくれました。 予定通り計画を開始し、私は気になってその様子を見に行きました。 そしたら、あんなコトに……。 これが私の知っていることです」 紀野はまさに顔面蒼白といったところか、右往左往しながらぶつぶつと呟いている。 「だそうですね、紀野さん。 アナタは秘密を知っていた。 アナタはそれが欲しかった。 それも、独り占めをしたかったんです。 しかし、何故佐手さんを殺害する必要があったのか。それは―」 紀野にはもはや楠田の話など聞こえていない。 天井をぼーっと眺めているだけだ。 「アナタは秘密を箱ごと持って帰ってしまうつもりだった。 ここで問題になるのは綾崎さんではなく、桜坂さんです。 箱が無くなっていると知れば、彼女はアナタを疑うでしょうから。 だからアナタは桜坂さんに殺人の罪を着せようとした。 恐らく僕がいなければご自分で推理でも披露していたのでしょう。 これでアナタには動機もチャンスもありました。 あとは、証拠ですね。 紀野さんは―」 紀野は頭を振った。 もう取り乱してはいない。 「……もういい。もう十分だ。確かに、俺がやった」 紀野は生気のない笑みを浮かべ深くため息をついた。 ちょうどその時、まるでその言葉を待っていたかのように警察がどこからか沸いて来た。 「紀野正。殺人の容疑で逮捕する」 紀野は弱々しく頷き、警察と共に屋敷を去って行った。 「ではお嬢様、参りましょうか」 突然水城は桜坂に向かって言った。 「……アナタが呼んだの?」 桜坂は呆れたように笑い、しかし水城の頭を撫でていた。 そして楠田と綾崎を向く。 「綾崎さん、疑ってしまって申し訳ありません。そして楠田さん、ありがとうございました」 そう言ってお辞儀をする。 「ミズキ、今夜のパーティーの参加者に二人を追加してくれる?」 桜坂の依頼に水城は「かしこまりました」と答え、手続きでもあるのだろうか電話を掛けはじめた。 「二人をうちのパーティーに招待するわ」 桜坂はにこっと笑う。 「では、こちらへ」 水城は大変立派な車を示した。 前にウサギに乗せてもらった車の完全上位互換といった感じである。 二人は顔を見合わせ、苦笑いしながら車に乗り込んだ。 「それで、秘密って一体なんだったんですか?」 綾崎はずっと気になっていたことを口に出した。 「……実はあの屋敷は、以前はうちのグループが所有していて、小さい頃によく遊びにいってたんです」 「桜坂グループの屋敷だったの? ……知らなかったな」 綾崎は目をぱちくりさせる。 「ええ。……それで、私が小学生の時に受けたテストの結果があんまりにも悪かったので箱に隠していたんです。それを知られたくないからあんな噂を流したんですけれど」 「あ、クローンの研究が行われていたのは本当ですよ? そのデータは本社できちんと管理されていて、今も研究されてます」 綾崎は少し考えると、にやりと笑った。 「それで、よっぽど悪い点だったんだね、そのテスト。何点だったの?」 「80点」 「(´Д`)」 「水城さん、アナタは一体……。それに何故あんな……」 楠田は水城に答えを求めた。 「私はナナお嬢様の執事をしております。お嬢様が危険にさらされぬよう、いつ、何時もお嬢様から離れず、そして……監視カメラを仕込んだりして絶えず見守っているのです」 水城は胸を張って答えた。 自分の仕事が誇らしいようだ。 「それって、ストー」 「いつ何時も見守っております」 楠田は苦笑いする。 「それで、何故カンペなんかを? ご自分でお話になればよかったのでは?」 「私は昨日も屋敷の至る所にカメラを隠し、お嬢様を見守っておりました。そこで事件の真相を知ったのです。しかし、お嬢様は見守られるのがあまり好きではないらしく、それを知られるわけにはいかなかったのです。そこで、アナタに推理を披露していただきました」 (コイツ……ダメだ) 「しかし、アナタもお嬢様の評価が上がってよかったじゃありませんか」 楠田にはその言葉がピンと来なかった。 不思議そうに聞き返す。 「僕の評価って悪かったんですか?」 水城は質問には答えず、鞄からあるものを取り出した。 見覚えのある手帳……そう、 『職業調査ノート』だ。 「ここにアナタに関するメモが」 水城は手帳のタ行のページを開いた。 探偵(楠田陽)……正直頼りない男だった。あんなのに務まるなら私にも出来そう。弱そう。 「(´Д`)」 「あれ、綾崎さん。なんだか微妙な表情ですね」 綾崎を見つけ、楠田は手を振った。 「楠田さんこそ、奇妙な顔ですよ?」 綾崎も似たようなことを言う。 「…………今日はありがとうございました。私のことを信じてくださって…………。さらには無実を証明してくださって…………」 「い、いえ。たいしたことはしてません!」 (…………ただ音読しただけですから) 「…………とてもかっこよかったです。私も手伝ってみたいなぁ。……助手ぐらいいてもいいですよね?」 「…………え?」 楠田が次の言葉を発する前に綾崎はその場からいなくなっていた。 「……………………え?」 「じゃあ明日の朝にお伺いしますね!」 不意に楠田の背後から大声が飛び、さらには視界が暗くなった。 彼は思わず飛び上がる。 「っ! 何ですかっ!」 「ふふ、お似合いですよ」 「だから何がですかっ!」 綾崎はそれには答えずにパーティーの騒ぎの中に入っていってしまった。 残された楠田はとりあえず視界を遮っている何かを外す。 「…………ウサギ?」 返り血を浴びたウサギの頭は今回の事件の凄絶さを物語っていた。 ふと楠田はその瞳に何かが埋め込まれているのに気付く。 試しに内側から押してみるとコロンと何か小さな部品のようなものが転がり落ちた。 それを拾おうと楠田は手を伸ばす。 「あ、そこにありましたか」 水城は楠田が触れていた何かをひったくるとそれを胸ポケットにしまう。 「えーと、それは…………?」 「ああ、コレですか?」 楠田に尋ねられ、水城は再びそれを取り出した。 「これは小型カメラですよ。お嬢様をお守りするために仕掛けた1020の内の1つです。あと3つ程あるはずなんですが、見つけたら教えてくださいね」 「はぁ…………。って1020!? あはは、はは…………」 何だか知らなくてもいいことを知ってしまい、楠田はただ呆然とウサギの頭をもてあそんだ。 するとポロポロと小さな部品が落ちてくる。 「あ、全部そこにありましたか」 どこからか沸きでてきた水城が3つのカメラを回収する。 「桜坂さん…………」 楠田は本気で桜坂を哀れんだ。 このカメラのおかげで事件が解決出来たとはいえ、こんなんじゃ不憫すぎる。 と、思った楠田は桜坂に直接尋ねてみた。 しかし桜坂は嫌そうな顔一つしていない。 「知ってますよ。これは私達の一種の遊びみたいなものですから。いかにカメラの死角をついて行動するか、とか考えてみると楽しいですよ?」 「でもアナタは嫌いなんじゃ?」 「ミズキはそう思ってるようですね。そもそも気付いていないと思ってるみたいだし。そういえば事件の現場も映したりしてたのかしら?」 楠田はごくりと息を飲んだ。 ちょっとした好奇心から自分の誉れを危ぶませてしまっている。 楠田は「あ、では」と呟き、さっさとその場を後にした。 「…………一体何だったのかしら?」 宴に迷い込んだウサギは優雅な時間をそのようにいたずらに過ごしていった。 やがて夜も更け、宴は幕を閉じる。 「桜坂さん、今宵はどうも」 事務所まで車で送ってもらった楠田は桜坂に礼を言った。 桜坂は頭を軽く左右に振り、そして「何かあったら依頼にきますね」と微笑んで帰っていく。 「刺激的な体験でしたよね」 「確かに刺激的でしたね」 「……」 「どわぁーっ!? 何で綾崎さんがここにっ?」 綾崎はそれを無視して勝手に事務所の中に歩いていく。 「楠田さん。鍵閉めてないと色々物騒ですよ?」 そう言って錠のかかってない扉を開く。 慌てて楠田が止めに入った。 「いやいやいや、何で当然のように入ろうとしてるんですか」 しかし綾崎はその問にキョトンとしてみせた。 「明日の朝にお伺いします。って言ったじゃないですか」 「朝ってまだ暗い」 「日付が変わったらもう朝です。それじゃ、今日から助手としてお世話になりますね。よろしくお願いします」 綾崎はぺこりと頭を下げた。 「こちらこそ…………って、えっ?」 仮面を外したウサギは「ふふふ」と笑うと扉の中へと消えていった。 探偵もそれに誘われて漆黒に消える。 「部屋、汚いですね」 「ほっといてください!」 この探偵、まともな事件解決は皆無。 いつの日か一人前になれる日は来るのだろうか。 |
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