『アースロッド 地の巻』第5章「旅立ち」
作:璃歌音



 ここは、シ・ミフラのはずれ。アディたちを見送ろうと、村人全員が集まっていた。
 しかし、人々は浮かない顔をしている。それには理由があった。時は今から3時間ほど前、アディとアルキが神殿から戻った頃にさかのぼる。


「みなさぁ〜〜ん!! 聞いてくださぁ〜〜い! なんとぉ、このあでぃぃるなくんがぁぁぁ、《選ばれしロッド使い》に選ばれましたぁぁぁぁぁ!!!」アルキが、村の広場で笑っちゃうような大声を出した。しかし、シ・ミフラの村人たちは陽気な性格なので、いつもならみんながアルキと同じくらいの大声で笑うはずだった。
 だが、この時、笑い声が聞こえてくることはなかった。その場の異変に、アディが気づいた。
「父さんは……?」
 人々に、村のリーダー的存在として慕われていたアディの父、ダアルの姿がなかった。いつもなら、みんなが集まる場所にはいつも中心にいるはずのダアルがなぜかいない。
 すると、アディの母ディラがやってきて、泣きはらした顔で言った。
「アディ……。父さんが……ダアルが、死んだ」
 アディは一瞬、何を言われたのかわからなかった。
「父さんが……死んだ?」

 アディが神殿へ逃げていった頃、あの3人組を残して、ダークスたちは去っていった。そこで、ダアルは妻ディラを人々が逃げてこんでいた村のはずれの森に避難させたあと、、めちゃめちゃに壊された村をなんとかするために村の男たちを集め、村に戻った。
 すると、ダアルのそばの瓦礫から小さな闇の生き物が現れた。その場にいた男たちの証言から判断すると、それは臆病なくせに恐ろしく強力な毒を吐くシャグダだとわかった。おそらく、ダークスの人間たちに取り残され、はぐれて怯えていたのだろう。
 ダアルは、心優しい村のリーダーだった。きっと、怪我をしていたというシャグダを保護して手当てしてやろうとしたのだろう。
 しかし、そうとは知らないシャグダは、怖がってダアルに毒を吹きかけた。途端に、ダアルは気を失って倒れてしまった。
 村の医者が必死に手を打ったが、シャグダの毒はとても強力で、アディが村に戻った頃には、ダアルは帰らぬ人となっていた。


  「アディ……大丈夫?」アルキが声をかけると、
「うん、大丈夫大丈夫。僕はこれから世界を救いに行くんだからね。しっかりしてないと」
 アディはそう答えたが、アルキには彼が無理をしていることがわかっていた。
 すると、近くの藪からガサガサと音がした。まだ闇の生き物が残っていたかと、人々が警戒していたが、藪からは現れたのはアルキの弟、パキルだった。パキルは小さな背中からはみ出す特大のリュックサックを背負っていた。
「パキル!? どうしたの? なんなの、その荷物は?」アルキが尋ねると、
「ボクね、姉ちゃんとアディ兄ちゃんと、一緒に旅に出たいんだ。だからね、こうして荷物を持って……」
 話すうちに、どんどん厳しくなっていくアルキの表情を見て、パキルの声はどんどん小さくなっていった。
「何言ってるの! あんたみたいな子供がついてこれるわけないでしょ! どうせその重そうな荷物も全部お菓子なんでしょ! そんな甘いもんじゃないのよ!」
「姉ちゃんだって子供じゃないか。それに、これはお菓子じゃないよ」
「良いじゃん、一緒に行っても」
 アディにとって、幼く何も知らされていないパキルの明るさがありがたかった。それに、アルキと2人きりで旅をすることに、なんとなく緊張していたのだ。しばらく会わないうちに、アルキに対して新たな感情が芽生えてしまったらしい。
「ありえない!」
「それに、パキルが一緒だと何かと便利だと思うよ」
「どうして?」
「パキル、そのリュックに入ってるのはアブだろ」
 アディが訊くと、パキルのリュックから1匹の猫が出てきた。
「よくわかったな」と、リュックから飛び出した猫、アブが言った。
 パキルは動物と話すことができる。もともと体が弱かったパキルは、あまり同年代の子供達と遊ぶことができず、なにかと1人でいることが多かった。そんな時、パキルに友達ができた。町にたくさんいる鳥や猫などの動物たちだ。毎日毎日、動物と遊んでいるうちに気持ちが通じるようになっていたのだ。
 そんなパキルに教えられ、ソル家の飼い猫アブは、人間の言葉を話せるようになっていた。
「アブ!」アルキが驚いた声をあげた。
「動物と話せるパキルの力は、いろいろと助けになってくれると思うよ」
「でも、ねぇ……」
「ね。”旅は靴擦れ”って言うだろ?」
「それを言うなら、”旅は道連れ”でしょ。旅で必ず靴擦れしてたらたまんないわよ」アルキはくすくすと、笑いながら言った。
「まあ、偉大なる《選ばれしロッド使い》様の頼みじゃ、断れないわね」
「その変な呼び方はやめてくれよ」
「わしももちろん連れていくよな?」アブが口を挟んだ。
「え、アブも?」アルキは戸惑ったが、横でアディがふんぞり返って”偉大なる《選ばれしロッド使い》様”のポーズを取っているので、仕方なく、
「わかったわよ」
「よし! 決まった! ボクと、姉ちゃんと、アブと、それとアディ兄ちゃんとでいろんな困難を乗り越えていこぉ! おー!」
 パキルが右手を高々と振り上げ、皆もそれに倣った。アブも器用に右の前足を上げている。
 パキルの言うように、幾つもの試練を乗り越え、世界を救うアディたちの冒険が今、始まった。

To be continued...


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