『カシミア・ウルミールは騎士を知る』後編
作:緑野仁



 私が召し使いを始めてから何日か経った。
 数日して、私も大分慣れてきていた。メルランさんとアリシア様は、まるで姉妹のように仲が良い。どっちが姉かと言われると困るが。
 家に帰ったあと、私はふと気になってお父様に相談した。
「お父様」
「ぬ、なんだカシミア?」
「お父様は、メルラン・ランスエロットという方をご存じですか?」
「ランスエロット? おお、それなら有名だ」
 お父様は言った。
「そのメルランさんに、何かあったようなのですが」
「何か?」
 お父様は、首をかしげて言った。
「……何か、か。そうだな、お前には言ってしまおう」
 お父様が真剣な口振りで言った。
「実はな、カシミア。メルラン・ランスエロットは本当はランスエロットの者ではないのだよ」
「え?」
「実はメルラン君は、我らが王、エヴァンス・エドワール様の娘なのだよ」
「……」
「詳しくは私もわからん。しかし、これは王家に仕える一部の一族にしか知られていないことだ。そして、王家最大の秘密でもある」
 私は、その話を聞いてとても驚いた。
 この国は、何より血筋を重んじる国である。服を作る者の子孫は服を作る者、騎士の子孫は騎士と決められている。王家の相手は、ほぼ限られた一族としか許されていないのである。
 それなのに、もしも他の者と子供が生まれたりしたら大騒動だ。その子はきっとすぐに殺されてしまうだろう。
「いいか、このことは他人に言ってはならんぞ」
 お父様が強く言った。
「……はい」
 私はかろうじて返事をした。訊かなければよかった。そう思った。

 次の日も、私はいつもどおりメルランさんと一緒にアリシア様の世話役をした。
 私は、アリシア様と話しているメルランさんを見た。

 彼女が言っていたのは、例のことなのだろうか。彼女は知っているのだろうか。
 彼女は、自分が望まれない禁忌の子だと知った時どう思ったのだろうか。
 彼女は、自分の妹である人に素性を明かさないままで平気なのだろうか。

 私は、様々なことを考えて絶望した。そんな重みを、私は背負えない。
「カシミアちゃん、お茶のお代わりを」
「……あ、はい」
 私は、慌ててポットを持った。
「大丈夫? またお嬢様の話で気分が悪くなった?」
 メルランさんが苦笑いしながら言った。
「ちょっと、どういう意味よ」
 アリシア様が不満そうに言った。
「お嬢様の夢は健康によくないんですよ」
「失礼ね、人の話を病気みたいに」
 二人は、仲よさそうに喋っている。

 胸が痛くなった。


 アリシア様の部屋を出て、私たちは二人きりになった。

「さて、と……カシミアちゃん、大丈夫? さっきから具合悪そうだけど」
 メルランさんは、不安そうに訊いた。
「あ、大丈夫……」
 私は言った。

 長い沈黙が続いた。息が苦しい。

 私は、ついに言うことにした。

「あの、メルランさん」
「ん、何?」
「メルランさんは、アリシア様の姉であることを隠していて辛くないですか?」

 メルランさんの顔が、急に真剣になった。

「……誰から聞いたの?」
 メルランさんの声は冷たかった。私は少し怯えた。
「……父親から……」
「……ああそっか。ウルミールの所も知ってるんだっけ」
 メルランさんの声がさっきより和らいでいた。私は少し安心した。
「えーと。で、質問は何だっけ?」
「……アリシア様の姉であることを隠していて辛くないか、です」
「つらくないか、か……んー」
「……」
 私は押し黙っていた。
「……あのね、カシミアちゃん。何と言われようとやっぱり私はランスエロットの者なの」
 メルランさんは話し始めた。
「だから、血が繋がっている以前に私はアリシア様を守らなければいけない。メルラン・ランスエロットとしてね」
 メルランさんは言った。
「だから、辛くもないし寂しくもないよ。私は、アリシア様を守る騎士だから」
 メルランさんは、笑っていた。

 私は、泣いていた。

 自分の弱さや甘さがよくわかったからだった。

「だ、大丈夫!? え、何で!?」
 メルランさんは大分焦って私を宥めようとした。

 私は一つのことを知った。この人は、騎士なのだ。姫を守る勇敢な騎士なのである。そこには自らの血など関係ないのである。

 彼女は、紛れもないランスエロットの騎士だった。



 それから数日経って、私はついに召し使い最後の日を終えた。
「お疲れさま、カシミアちゃん!」
 メルランさんが言った。
「いやあ、マシな見送りも出来ないけど許してね。あと、ご両親にもよろしく」
「あら、よろしくって例の肌着のこと?」
 メイド長のリディアさんが言った。
「そうです。いやー、配給された肌着を使ってるんですけど着心地が悪くて」
 メルランさんが照れながら言った。
「わかりました、お願いしておきます」
 私は笑いながら言った。
「……じゃあね、カシミアちゃん。元気でやってね」
「はい」
「うん……それじゃあね、次来る機会があったら言ってよ!」
「大丈夫です、すぐ戻ってきますから!」
「うん、じゃあ……え?」
 メルランさんがとぼけた声を出した。
「あら、本当にやるの?」
 リディアさんが言った。
「はい」
 私は笑いながら言った。私には、一つの計画があったのだ。
「そう、それじゃ、また明日ね」
「はい!」

「……え、え?」
 メルラン様だけが、事情を理解出来ず戸惑っていた。

「……召し使いはどうだった、カシミア?」
 帰ってくると、お父様が言った。
「はい、とても勉強になりました」
「それはよかった。あちらも誉めてくださったぞ」
 お父様は嬉しそうに言った。
「それではカシミア、明日からはまた服飾の勉強だ。明日は……」
「……お父様」
「ん?」
「私、明日から召し使いをしてきます」
 お父様は唖然とした。
「この1週間、私はとても大切なことを知ったんです。だから、これからもあそこで色々なことを学んできます」
 お父様は相当驚いていた。
「し、しかし、召し使いは色々と大変だぞ?」
「そういうことも含めて、学んできます」
 そう言って私はお父様に背を向けた。
「どこに行くんだ、カシミア!」
「もう部屋は決めてもらったので、すぐ行ってきます。それじゃまた」
 そう言って私は、ドアへと歩き出した。後ろから何やら声がするが気にしないことにして歩き出す。


 夢見る姫と忠実な騎士の所へ。



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