『十神十色 生死編U ―生の神―』
作:璃歌音


*1

「……どうしたんですか?」
 ワタシを覗き込むスーツ姿の男。
 何故、この男はワタシに関心を抱くのか?
 ……そうか、天下の往来で寝転んで丸くなっているオカシな人なのだ、今のワタシは。
 そんなオカシな人に何故、声を掛ける?
 ……そうか、ワタシの姿は、人間からしたら若く美しい女だ。人間の男たちは放っておかないような。
「いえ。なんでもないです」
 地面で寝るのも飽きたところだったので、起き上がって歩き出す。と、男もついてくる。嫌な顔をして振り返ると、申し訳なさそうに男が言う。
「あの……、余計なお世話かもしれませんけど、そんな格好で外を歩くのは……ちょっと…………」
 男に言われて、改めて自分の服装を見る。羽衣。一体なにがいけない。ああ、ココは下だった。
「そっか。めんどくさいね」
 軽く手を叩いて、力を使う。ワタシの服はワンピースに。真っ白なワンピース。
「えっ!? 今のは……」
 しまった。
 人間の前だった。
「えっとね……、今のは、そう、手妻!」
「手妻?」
「じゃなくて……今の言葉では……あっ、手品!」
「ああ、手品!」
「そ。じゃね」
 納得したからオッケー。……でもないかもしれないけど歩き出す。面倒くさいから放っとく。
「いやいやいや!」
 引き止められる。……。
「あ、忙しかったらごめんなさい。なにか用事が?」
「別にない」
「なら良かった。……って! いくらなんでも今のは手品じゃ説明つかないでしょう」
 また面倒くさいのにからまれた。
「なにか困ってるならお手伝いしますよ、『生の神』さん」
「なっ!?」
 男はにっこり笑う。なんで? なんで知ってるの?
 ワタシはひとつ、咳払い。
「人間の男よ、何故、ワタシのことを知っている?」
「無理しなくていいですよ」
「……っ!」
 この男は一体何者なんだろうか。ワタシを――神のことを知っている人間など、聞いたことがない。
「とりあえず移動しましょう」
 男に言われるがまま、ワタシは彼と一緒に近くの公園に行った。そこのベンチに並んで座る。
「アナタは……何者?」
「そ、そんな怖い顔しないで下さいよ。ボクだってよくわからないんですから」
 彼は恐る恐る話し出す。この男、永次にはうっすらとだが、自分が「神」である記憶があるらしい。普通の人間として、母から生まれ、一年、また一年と育ってきた記憶ははっきりと、むしろはっきりすぎるぐらいあるのだが、それとは別に「神」時代の記憶があるという。
「なにしろうっすらですから……。でも、確かにあるんです。それで、アナタに妙に親しみを感じて……。それと、何かとてもいけないことをして……なんだろう? 神でなくなった、ような……そんな記憶もあります」
 気付いた。彼は「遊びの神」だ。いや、違う、正確には「遊びの神」だった、だ。永次は既に神ではない。ただの人間。
 「遊びの神」は、神の中でも格の低い部類に入る。その「遊びの神」は、単純な遊びしか知らなかった人間と一緒になって、より高等な遊びを作り出した。そのために、人間たちは少なからず堕落し、「人の神」の考えていた人間のあり方から脱線してしまった。結果的に、「神の神」の逆鱗に触れてしまった「遊びの神」は、下界に堕とされ人間にされた。
 そして、「遊びの神」と「生の神」は愛し合っていた。
「『遊びの神』……」
「え?」
「なんでもないわ。確かにアナタは『神』だった」
「はぁ……。やっぱりそうなのか……。それで、ボクは一体どんなことをしてしまったんでしょうか?」
「それはもうアナタが気にすることではないわ。アナタは既に人間になっている。『神』であったときとは関係ない。人間として生きなさい」
「そ、そうですか……」
 永次は、残念そうな、しかし同時に、安心したような、複雑な表情で頷いた。
「それで、アナタは……?」
「え?」
「『生の神』さんはどうしてこっちに?見たところ、人間にされたわけではなさそうですが。すごい力も使ってたし。神のままなんですよね?」
「ええ……」
「じゃあ、どうして? なにかこの……人間が住んでる世界に用が?」
「特にないわ。ただ……嫌になってしまって」
「嫌になった?」
「…………」
「……?」
 それ以上、ワタシは何も言わなかった。違う、言えなかった。自分でもよくわからないことを説明できるはずがない。
「まあいいや。しばらくこっちに居るってことですよね?」
 ワタシは首肯して意思を示す。
「いくら神様でも、雨風をしのげるところは必要ですよね?」
「あ……。考えてなかった……」
 永次は明るく笑う。「遊びの神」と同じように。
「まるで家出娘ですね。戸籍も何もないから、家を借りるわけにもいかないし……。ボクの家に来ますか?」
「いいの……!?」
「幸いというか残念ながらというか、彼女は影も形もありませんので、独り暮らしのアパートに若い女性を連れ込んでも誰も文句を言いません」
 そう言って永次はまた笑う。
 なんだろう、この胸をしめつけるような感覚は……。



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