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『神楽坂魔法帖。』 作:武士道さむらぃ 「……なあ、神楽坂。今、時間あるか?」 神楽坂と呼ばれた少女はイヤホンを片耳だけ外し、声の主を確認した。 そこには真剣な面持ちの男が、走ってきたのだろうか、少し息を乱して立っていた。 少女は顔を少し歪め、ため息をつく。 「……また藤か。用事でもあるの?」 神楽坂は再びその手に持っていたイヤホンを耳にかけようとした。 しかし藤はその手を掴み、神楽坂の目をじっと見つめた。 ゴホン。 彼は何かを言うのをためらっているのか少し俯いて咳ばらいをする。 そして深く息を吸うともう一度神楽坂の顔を見た。 「……神楽坂、お前が欲しい」 「……嫌。なんでアナタと」 神楽坂は視線を逸らし、藤の腕を振りほどこうともがいた。 「そこを何とか! もう惚れちまったんだ! お前のマがふっ」 神楽坂は突然血相を変え、藤の口をふさいだ。 「ちょっと黙って……皆に聞こえ」 突然、藤の体はぐっと後ろに引きずられた。 藤は予期していなかったその現象にバランスを崩してそのまま倒れる。 「そうよ黙りなさい。桜は私達のコーラス部に入るんだから! 魔法だか手品だか知らないけどそんな胡散臭い部活にこの娘はあげられません!」 少女は伏した藤を蔑むような目で見下す。 「葵遅いよー。変なのに捕まっちゃったじゃん。もう帰るよね?」 葵は頷いて神楽坂と藤の間に立ちはだかるように位置した。 「アンタなんかに桜は指一本触れさせないわ。桜は絶対コーラス部なんだから!」 そして葵は神楽坂の手を取ってさっさと教室から引き上げて行った。 「じゃあまた明日ね。……あ、桜。藤には気をつけなさいよ?」 葵は辺りを警戒する仕種を取る。 神楽坂は思わず吹き出し、クスクス笑った。 「いくらなんでももう大丈夫だよー。心配し過ぎ。じゃあまた明日ね」 神楽坂は葵に手を振って家の方向へと歩き出した。 しかししばらく歩くと彼女はふと立ち止まる。 「いつまでつけて来る気?」 その問い掛けに木がざわめいた。 道の真ん中に佇む場違いな木。 観念したのか木は草むらに放り投げられ、隠れていたつもりの藤が照れ臭そうに頬をかいた。 「やあ、奇遇だな。それで、部活の勧誘のことなんだけどさ。どうしてもダメか?」 神楽坂は少し不快な顔をした。 この男は何故自分にこだわるのか。 そりゃ周りより幾分か容姿も整っているし、育ちもいい。 部室にいれば花もあるだろう。 でも何か違う。 何故? ― 「何で私にこだわるの? 他にもいくらでも人はいるでしょ」 神楽坂の問い掛けに、藤は静かに首を振った。 「違う。お前じゃなきゃダメなんだ。他の奴らなんて眼中にねぇ」 藤はきっぱりと言い切った。 こ、これって告白? 落ち着きなさい神楽坂。 今までだって告白ぐらい何回も……されてなかったわ。 どうしよう。 こういう時何て返事を……。 藤は急に顔をぐっと近付けた。 「な、何!」 「顔真っ赤だぞ? 熱は無いみたいだが」 藤は額をひっつけて言った。 「はな、は、離れて!」 神楽坂は力なく藤を押し返す。 藤は抵抗なく後ろに下がった。 やけに平然としている。 神楽坂はそれが少し気に食わなかった。 何で私だけテンパってるの! 不意に藤はごくりと息をのんだ。 つられて神楽坂も息をのむ。 「だって神楽坂、お前……魔術師だろ?」 その言葉を聞いて急に彼女はため息をついた。 少し寂しげでもある。 そういうことか……。 魔術研究部だもんね。 当たり前だわ。 分かってたよ、そんなとこだろうって。 だけど……、 「バカーン!」 「ふ、じ……? こんなとこで何やってんだよ?」 下校中のクラスメイトが藤に気付いて自転車から降りる。 「ああ、……ちょっと、な。カモノハシと、……闘ってたん、だ。奴の毒爪は凄かった、ぜ」 ぜえぜえと息を切らしながら荷物を持ち上げる。 「カモノハシ? ……まあよくわかんないけど、こんなとこでじっとしてると熱中症になるぞ? 気ぃ付けて帰れよ」 そういうと彼は地面を蹴ってさっさと自転車を漕ぎ、去っていってしまった。 藤もふらふらと家の方へと歩き出す。 「やっぱりアイツは惜しいな。絶対入部させてやる」 ぐっと手を握ってそう呟いた。 「桜ぁーそういえばあれから襲われたりはしてない?」 翌日の放課後、葵は周囲を警戒しながら桜に尋ねた。 何故かこの女、スタンガンをバチバチと鳴らせている。 「だ、大丈夫だよ。何にも……なかったからさ。とりあえずスタンガンは、しまおう?」 目の前でそんなものが扱われていたら流石に落ち着かない。 葵はしぶしぶスタンガンを鞄にしまう。 「それでこのあと部活見学に来てくれるんだよね?」 葵は目を輝かせた。 「うん。じゃあ今から―」 「ちょっと神楽坂貸してくれ!」 突然教室に藤が飛び込んでくると、そのまま神楽坂の腕を掴み廊下に引っ張り出した。 「桜っ!」 とっさに取り出したスタンガンは相手を捕捉することもなく虚しく音を立てていた。 バンッ 葵は机に力任せに拳を叩きつけた。 教室に残っていた生徒は驚いて固まる。 「藤め……。桜になんかしてたらぶっ殺してやる……。桜、待ってて、今行くわ!」 葵は鞄からもう一つスタンガンを取り出し、両手ににぎりしめて教室を飛び出した。 これがきっかけで彼女は影で「落雷シーカー」と呼ばれるようになったのだがそれはまた別の話である。 「ちょっと! どこに行く気? 離してよ」 神楽坂は何とか手を振りほどこうとはするが力では敵わない。 藤は何も言わずに神楽坂の手を引き続けた。 そして校舎の一番端っこにある誰にも使われていないハズの教室に彼女を連れ込んだ。 その教室に足を踏み入れた瞬間神楽坂は自分の体がふわっと浮くように感じた。 「トリックルームっ!」 危険を察知して神楽坂はすぐに後ろに飛びのいた。 「え?」 藤が真上を見上げるとそこには大量の、粉。 ズサーッ 宙に浮いていた小麦粉が容赦なく藤に襲い掛かる。 「ぶちょー。今ちょっとドア開けたらまずいです。あ」 奥からふわふわと少年が飛んできた。 しかし真っ白なそれを確認してすぐさま引っ込もうとする、が既に後ろに回り込まれていた。 「狭間くーん、部室ではトリックルーム禁止だったよねぇ?」 藤は不気味な笑みを浮かべた。 狭間は顔を青くし、なんとか逃れようと依り処を探る。 「あ、あれ! あの人誰っ! ?」 狭間は部屋の外で様子を伺っていた神楽坂を指差した。 目論み通り藤の注意は神楽坂に逸れる。 しかしまだ胸ぐらを掴まれたままなので油断はならない。 「神楽坂はうちの新入部員だ。二回ほど魔法を使っているところを見かけたから誘ったんだ」 神楽坂はうんうんと頷いた。 が、少したってから何か違和感を感じる。 「……入部するなんて言ってない。だって葵とコーラス部に入るんだもん。それに私が魔法使えること、いたずらに知られちゃまずいし」 藤は諭すように首を振った。 黒板の前に立ち、チョークを手に取る。 「俺達は別にお気楽魔法同好会をやろうってんじゃない。ここ継言(ままごと)町の魔法の秩序を守ってるのさ。リーガルエージェントって聞いたことあるだろ?」 藤は妙に胸を張った。 何故チョークを持ったのかは謎だが。 その藤を狭間がジトーっとした目で見つめる。 「とは言っても、末端の末端のそのまた末端なんだけどな。神楽坂、この通りまだメンバーは俺達ともう一人しかいないんだが、仲間になってくれないか? メンバーが4人以上になると本部からの支給額が今までの倍になるんだ。魔道具なんかも多少は揃えれるようになるし」 藤はその月の支給額の明細書を取り出して何故か自慢げに掲げた。 支給額5万円、 急に神楽坂は俯いてふるふると震え出した。 なんだか苦しそうである。 「おい、大丈夫か?」 藤が心配して声をかける。 「ふふ、あははははは! 5万円って仮にも命懸けてるハズなのに5万円って! この支部、よっぽど安全なのか……あるいはアナタ達よっぽど機能してないのね」 目に涙までためて笑っている。 流石に藤もこう笑われては腹がたったのか持っていたチョークを握り潰した。 パラパラと白い粉が宙を舞う。 「怒っちゃった? ごめんごめん。……いいよ、仲間になってあげる。ただし5分以内に私に……私の服にチョークの粉でもつけられたら入ってあげる」 神楽坂は右手を軽く動かして黒板にタイマーの絵を焼き付けた。 描かれた針が動き出そうとするのを指で直接押さえつける。 カチカチと歯車の音だけが響く。 「さあ、もう一人いるんでしょ? 早く呼んできてよ」 神楽坂は挑発するように不敵な笑みを浮かべる。 「チッ。狭間、連絡しろ」 藤はいらいらと吐き捨てた。 狭間はへーいと間延びした返事をすると腕に軽く力を込めてリストバンドに微かな光を注ぎ込む。 プルルル、プルルル 『はーい、こちらNo.3の天崎つぼみでーす。業務連絡ですかー? 』 「ぶちょーが緊急召集だってさ」 『とうっ! 』 小柄な少女が窓から飛び込んできた。 恐らく彼女が、 「天崎参上っ。早かった? ねえ早かった?」 狭間は おー、すごいすごい などと雑な拍手をする。 神楽坂は針から手を離し、両手を頭上でパンパンと2回叩く。 「天崎さん。ずっと話は聞いてたよね?」 天崎はポリポリと頬をかく。 「あはは、バレてた?」 「さあ、私にチョークをぶつけられるかしら。もう時計は動き出すわ。掛かってきなさい」 カチリと秒針が最初の一秒を刻む。 「チョークミサイルっ!」 藤はチョークを2、3本手に取るとそれに力を注ぎ込んだ。 魔力を纏ったチョークは勢いを得て疾風となって炸裂する。 「ひでぶっ」 三筋の光は一直線に藤の額に帰着していた。 3人は思わずため息をつく。 「何ふざけてるんですかぶちょー。はぁー僕がやりますねー。チョークパーティー!」 狭間は新品のチョークの箱を手元に呼び寄せると中身を全て解き放った。 チョーク達は不規則に宙を舞いはじめる。 そして一つ一つがばらばらに神楽坂に襲い掛かった。 神楽坂は最初上手く避けていたがチョーク達はかなり際どい所を通り抜けて行く。 「危ないわね。こんなに飛んでたらぶつかっちゃうわ」 神楽坂は欝陶しそうに呟いた。 「そりゃあどうもっ。チョークレイン!」 狭間の声にチョークは動きを統率された。 神楽坂の真上から豪雨の如く勢いを付けて落下する。 「アンブレラ」 神楽坂はアンブレラもとい番傘をその頭上に開いた。 美しいその傘はチョークを打ち砕き、その煌めいた粉は神楽坂を輝かせる。 「う……綺麗だな」 見とれている狭間の頭上からは金だらいが数枚落下する。 ガイィィン 「ありりー? もしかしてつぼみぴんちー?」 天崎はまるで戦う意志がないかのように藤の額のくぼみを突いて遊んでいる。 神楽坂はふうっとため息をつき、幼稚園児を相手するように姿勢を低くした。 「アナタもやるのかしら?」 「ううん。だってまともにやっても、……ケガしそうでしょっ!」 天崎は地面を蹴り、銃を構えた。 宙を浮いている間にチョークを打ち出す。 「ばーん!」 打ち出されたチョークは霧のように広がって間違いなく神楽坂に襲い掛かった。 しかし捉えたハズの標的はいつのまにか天崎の銃を弾き飛ばしていた。 「まあ、さっきの話からしてこんなものだとは思っていたけど……、藤。アナタ仮にも部長なんでしょ? 部員よりだいぶ格下じゃない」 神楽坂は呆れてため息をつく。 こんな奴に一瞬でも心を乱された自分がとてつもなく悔やまれる。 「あと何分だ?」 ようやく目を覚ました藤が額をさすりながら立ち上がる。 「あと1分よ」 時計はちょうどあと60秒を指している。 藤は黒板に魔法陣を描きはじめた。 「なら問題ない! チョークラッシュ!」 「遅い」 藤の頭には重い木づちが振り下ろされていた。 敵に背を向けてせっせと魔法陣を書いていれば当たり前である。 藤の意識は再び夢の中に落ちた。 「もう無駄ね……。帰るわ」 涼しい顔で出口へと向かう。 リーガルエージェントってこんなに酷かったかしら……。 なんだか拍子抜け。 まあ最初から私の相手が務まるとは思ってなかったけどね。 神楽坂は何か気配を感じてふと上を見上げた。 「あ」 ズサー。 「はっはっはっはっはっは。結局チョークまみれじゃないかよ!」 藤はご満悦の様子で清々しく笑い声をあげる。 「うるさいわね! アンタだって引っ掛かってたじゃない!」 神楽坂は顔を真っ赤にして、とは言っても見事に真っ白だが、言い返した。 「ところで神楽坂さん。アナタは一体何ものなの?」 狭間が静かに問い掛けた。 結果的に勝負に勝ったとは言え力の差は歴然としていた。 藤も驚きを隠せない表情で狭間を見た。 「狭間お前……真面目キャラだったのかっ!?」 ズガッ 「……ぶちょーは黙ってて下さい」 「ごべんなばい」 藤は口に大量のチョークを含み、泣きながら土下座した。 「私? 神楽坂 桜。ただの魔術師よ。まあ、ここに越してくるまではリーガルエージェント東京本部第三班のチーフマネージャーしてたけど」 3人は口をあんぐりと開けた。 リーガルエージェントは世界唯一の魔法警察であり最高司令塔から国、首都、大都市、中都市……というように枝分かれしていく機関である。 東京本部は他国の首都と並んで上から三番目の権限を持たされた機関であり、そのチーフマネージャーであれば魔力は相当なものであるハズだ。 ちなみに継言町支部は言うまでもなく一番下のランクだ。 もちろん例外的な機関も幾つかは存在する。 例えば― 「狭間、誰に説明してんだ?」 「読者の皆さんに……。こういうのってホントはぶちょーの仕事じゃないですか?」 藤は大きく咳ばらいをしてごまかした。 「で、そんなお偉いさんがこんなちゃちな支部に馬鹿にしに来たのか?」 藤は少し拗ねているのか頬を膨らませていた。 小学生かコイツは。 神楽坂は首を横に振った。 「ちょっとした事情でこの町のリーガルエージェントに派遣されたの。テストなんてなしに元から入るつもりだったんだけどそれもつまらないでしょ? さて、つぼみちゃん」 つぼみは はーい と返事をして藤のリストバンドを引ったくり、代わりに4と縫い込まれた市販のリストバンドを手渡した。 「え? 何で?」 藤は状況が飲み込めずポカンとしている。 「今日から私が部長です。従ってアナタはNo.4よ」 神楽坂が堂々と宣言した。 狭間も天崎も既に彼女の側についている。 「うそーん」 藤の悲しげな声が教室に響き渡った。 「とりあえず今日は解散ね。明日から本格的に活動を始めます。では」 そう言って神楽坂はさっさと部屋を後にした。 「あ」 白い悪魔は再び牙を向く。 神楽坂は小さく何かを唱え、頭上に盾を生み出した。 「一体何回分セットしてあるのよ」 「あと18回分です」 神楽坂は呆れたようにため息をつき今度こそ部屋を出た。 すると、部屋の隅で小さな笑い声が上がる。 「No.4はチョーク大好きなんだねー」 天崎は真っ白な藤の背中をつつく。 「うるせえ」 教室に向かう神楽坂の元に一人の少女が駆け寄った。 長い間走りつづけていたのか息は絶え絶えで汗も大量に滴らせている。 「はぁ、はぁ……。桜、無事? 藤の奴め。……ちょっと微妙な時間だけど今からでもコーラス部覗きにいかない?」 葵は神楽坂にもたれ掛かるように体を休める。 神楽坂は一瞬その湿気にむっとした顔をしたが、すぐに申し訳なさそうな顔をした。 「……私、やっぱり魔術研究部に入る。ちょっと事情があってさ」 葵はその答えに間違った結論を下し、憤怒した。 「藤に脅されたのね……。なんて可哀相な桜。いいわ、私が仕留めてくる。安心して待ってなさい」 「あれ? そうじゃなくて……」 神楽坂が訂正しようとするのにも耳を傾けず、全速力で走り出す― 「魔研ってどこ?」 「あっち……って、ちょっと待っ」 「ふじぃぃぃぃぃ!」 結局そのまま葵は走り去る。 神楽坂はやれやれとため息をつき、しかし別に藤が死のうと関係はないので放置して教室に向かった。 「魔研……ここね」 葵は魔術研究部の教室の前にたどり着くと扉を勢いよく開けて飛び込んだ。 しかしすぐそこに存在していた白い柱のようなものに激突してしまう。 「ってて。ちょっ、葵……いくらなんでも人前でこんな……」 葵は床に藤を押し倒すような形で倒れていた。 そしてその顔を少し赤らめ、しかし次の瞬間には悪魔のような表情を浮かべる。 「死ねぇぇぇぇぇ!」 葵がそう叫ぶと、藤はしびれるような衝撃に身体を震わせ、やがて力無くうなだれた。 制裁を終えると葵は部室に残っていた狭間に用件を伝える。 「私も魔術研究部に入るわ。桜一人こんな野獣のいるところに置いておけないもの」 狭間は「あー、はい」と、特にためらう様子もなく神楽坂の分も合わせて入部届の用紙を机から取り出して手渡す。 「これに二人分記入お願いします」 それを見て藤が文句を垂れた。 恐らく自分の身を案じてのことだろう。 「スタンガンなんかが魔術研究部で通用するわけないだろ? こんなズブの素人を入れるわけには―」 そこでまた藤の意識は途絶えた。 何が起きたのかは言うまでもないだろう。 「アナタも文句あるの?」 葵は狭間に向かって言った。 狭間はふるふると首を横に振る。 「明日その書類お願いしますね」 笑顔でそう伝えられると、葵は屍を踏み付けてから教室を後にする。 「ぶちょ……あ、いや、No4。文句なんてナンセンスですよー。だって彼女、トリックルーム相殺してましたもん」 狭間はそう呟いたが別に藤に伝えたかった訳ではない。 だって彼死んでるし。 「ほーら、花畑だぞ! わははははー」 藤はとても幸せそうな顔で眠っていたそうだ。 そのあまりに間抜けな顔付きにいらついた狭間は18回分のチョークの粉を彼に一気に降りかけた。 「もう下校時刻です。さっさと出てくださいねー。じゃ」 下校時刻を告げる鐘が鳴り響く。 狭間はその音が止まない内に教室を出た。 藤は誰に看取られるでもなく独りでその短い生涯を― 「だはぁっ! ごほっごほっ……」 藤が目を覚ますと既に日は落ちており、周りには誰もいなかった。 彼はしばらくぼーっと考えた後、静かに立ち上がった。 「さて、帰るか。―っ!」 藤ははっと何かの気配を感じて上を見る。 しかしチョークの粉が降ってくることはなかった。 彼はほっと胸を撫で下ろして扉に手をかける。 すると突然、まばゆい光が藤に襲い掛かった。 同時に鋭い音が響く。 「誰だっ!」 藤は身構えるが目の前に立っていたのは警備員である。 警備員はにっこりと笑って書類に何やら記入を始めた。 「2年A組の藤 颯太君だね。下校時刻はもう過ぎてるよ。これは遅刻扱いになるからな。遅刻3回で欠席1回だ。以後気をつけるよう」 藤は何か言い訳をしようとも思ったがこの警備員、全くスキがない。 苦虫を噛み潰したような顔でその場を後にした。 「……はぁ、ついてねぇなぁ」 空に浮かぶ星を眺めながら静かにため息をつく。 「……ぉー。No.4ー。聞こえてます?」 「はっ! 夢か!」 藤が目を覚ますと目の前には狭間がいた。 その少し奥で天崎が何やら落書きをしている。 そう、俺は夢を見ていたんだ。 神楽坂にやられたのも部長の座を奪われたのも葵が入部するっていうのも(あと葵がちょっと大胆だったのも)全部夢。あれ、でも……『No.4』って……。 「誰が愛に飢えた獣ですって?」 藤の視界の端に雷撃が確認された。 藤は顔を真っ青にして「そんなこと言ってないです、そんなこと思ってもないです」と否定するが、そんな言葉に惑う稲妻ではない。 雷色のアイディアが藤の頭に閃いた。 「これも、夢だ!」 もちろん現実はそんな妄想を受け入れる容量など持ち合わせてはいないのだが、それでも藤は切にそう願ってその目を閉じた。 「さて、まず最初の部活だし、簡単な自己紹介と特技でも発表していきましょうか」 神楽坂は黒板に自分の名前を刻む。 「私はご存知、魔術研究部部長の神楽坂 桜。リーガルエージェント東京本部で……これは昨日にも言ったわね。魔法は全般的に出来るわ。あと頭もいいから。じゃあ……時計周りで」 神楽坂は黒板の文字を消し、名波 葵と記す。 葵は軽く頷いて一歩前へ出る。 「私は名波 葵。特技はダブルスタンガンかしらね。藤、桜に変なことしたら許さないから。以上」 最後に藤を睨みつける。 しかし藤は物怖じすることもなく堂々と口を開いた。 「昨日も言ったろ? 魔法が使えないやつが魔術研究部に入ってどうするん―っ!」 突然藤の頭を掠めるように稲妻が走った。 「言い忘れてたけど得意な魔法は雷よ」 「ごめんなさい」 直ぐさま藤は土下座を繰り出した。 葵は満足したのか黙って稲妻を引っ込めた。 「ちなみに葵も私の同期だから。コーラス部に入りたかったみたいだけど、その魔力は相当なものよ。さて、次は」 狭間はチョークを手に取り 狭間 政と書いた。 「俺ですね。狭間 政です。得意な魔法は罠系です。まあ、よろしくお願いします」 そのままチョークを天崎に手渡す。 「アタシは天崎つぼみですー。えーと、得意な魔法は洗脳でー」 ……。 教室に一瞬沈黙が走る。天崎はその沈黙を自ら破り、あはは、と笑った。 「ジョークでーす。魔法は情報収集<サーチ>系の魔法が得意カナー」 そしてその手に持っていたチョークは藤、の頭上を越えて元あった場所に返された。 「No.4は今日からNo.5になるわ。ちなみに多分得意な魔法とかもないから。じゃあ初日は基礎魔力を高める練習でいいかしら」 藤は何とも言えない孤独感に襲われた。 「得意魔法は―……」 しかしその話に耳を傾けるものはいない。 皆が魔力を一定の形に保つ訓練を始めてしまっているし。 藤は部屋の隅っこで小さな丸い魔力を保ってみた。 自分の魔力の小ささに自分の立場の低さを重ね、大きなため息をつく。 『その時の俺は泣かなかったと思います。 藤 颯太』 こうして継言町でのリーガルエージェントが新たに発足したのであった。 何故二人の優秀なエージェントがこんなへんぴな町に派遣されたのか、理由は本人達もまだ知らない。 (さらに恐ろしいことに作者もまだ知らない!) この町で何が起きるのか、あるいは起きないのか。 No.5が日の目を見ることはあるのか。 それは神のみそ知る。 桜と葵が魔研部に入部してから既に1週間が過ぎていた。 流石は元東京でリーガルエージェントをしていただけあってその指導力は中々のものであり、狭間と天崎の魔法は精度、魔力ともに格段に向上していた。 「神楽坂ー? たまには俺の練習にも付き合ってくれよー」 いつもは部室の隅っこで魔力をこね回して遊んでいる藤が珍しく真面目なことをいう。 流石に淋しくなったようだ。 「仕方ないわね。たまには……」 桜もこのまま彼を放置しておくわけにはいかないとその申し出に腰を上げた時葵は持っていた魔導書を教卓にたたき付けた。 「ど、どうしたのよ葵」 桜は彼女の妙な反応に驚いた。 藤に至っては落雷を恐れてかゴムボートの中に隠れてしまっている。 「藤。アンタごときが桜と楽しく魔法の練習出来る訳無いでしょ。どうしても桜とやりたいなら私を倒してからにしなさい!」 「そういうことか……」と桜は苦笑いをし、教室にフィールドを召喚した。 壁には何百もの魔法陣が姿を現し、厳かな雰囲気が部屋を包む。 「これでいくら暴れても教室は壊れないわ。あとは死なない程度に自由にやって頂戴」 そして狭間と天崎を呼び寄せて教室の隅っこに結界を張る。 「ホラ、藤。さっさと出てきなさいよ。大丈夫、楽にしてあげるわ」 葵はにっこりと笑みを浮かべた。 藤もようやく意を決したのかゴムボートから顔を出す。 「棄権します!」 「却下」 藤は陽気に棄権を宣言したが間髪を入れずに否定された。 「何も気にしなくてもいいのよ。1週間の間魔力をいじって遊んでただけのアンタが負けたって誰もがっかりしないもの。さっさと痺れときなさい」 藤は恐怖した。 うっかり殺られてしまうかもわかれない。 額からは大粒の汗が溢れ、体を強張らせる。 「そういえば藤がちゃんと戦うのを見るのは初めてね。アナタ達は見たことあるのかしら?」 二人は首を横にふる。 そして狭間が口を開いた。 「No.5はやられてるところしか見たことないですね」 3人は藤に少し気の毒そうに手を合わせた。 その姿を確認して藤は深くため息をつく。 不意に桜色の魔弾が宙に現れた。 「練習試合を始めるわ。どちらかの魔力が尽きるかこっちでもう戦えないと判断した段階で決着とします。それでは―」 魔弾は弾けひらひらと桜の花びらが散る。 一人は笑い、一人はあわてふためいた。 「雷鳴狂想曲<ゴロゴロカプリッチョ>!」 桜が散り終えたと同時に葵は詠唱を終えた。 天井辺りにはまるで雷雲のような暗い靄がかかる。 雲は轟々と音を立て、不気味な光を放つ。 ピシャア! 藤が立っていた所から数十センチのところに稲妻が走った。 藤は思わず息をのむ。 「どわぁぁぁぁぁぁ!」 藤は絶叫しながら教室の中を必死で駆け回った。 雷雲はカプリッチョを奏でるように気まぐれに雷を落としていく。 全力疾走により、雷の落ちるギリギリの所をかろうじて避け続けているが体力が切れるのも時間の問題であろう。 さらに葵は追い撃ちをかけるように次の魔法を唱えた。 「落雷追跡<エレキシーカー>!」 彼女が携帯していたスタンガンがひとりでに浮く。 さらにスタンガンは雷を纏いゆっくりと藤を追いかけ始めた。 ―とは言っても小さな子供が歩いている程度のスピードなので特に当たりそうな気配はない。 藤はとにかく落ちつづける落雷を避ける他なかった。 それから数分の後、藤はスタンガンをかすめるように落雷を避けてしまった。 落雷はスタンガンに直撃し、スタンガンからはやけに派手な音があがる。 嫌な予感が藤の頭によぎった。 次の時にはスタンガンはオーバーヒートしていて、暴走を始めた。 高速で教室を駆け巡り、あちらこちらでスパークする。 スピードのせいで追尾精度こそ落ちたものの藤にとっては脅威でしかない。 「ぎにゃぁぁぁぁぁ!」 葵は悪魔のような笑みを浮かべた。 最後の一撃をその手に用意して。 「雷雨晩餐会フランスパン<葵特製イカズチスピア>!!」 葵はもう一つのスタンガンに思い切り魔力を籠めた。 スタンガンにはまるで葵自らの血液が巡っていくかのように電流が流れ込んでいき、そこには本来スタンガンにはあるはずも無い美しく煌めく柄が生じ、そして激しく震えるスタンガン自身が全てを貫く鋭利な電光となった。 そしてそれは静かに藤に向けられる。 「俺、死ンジャウヨ?」 「不幸な事故よ」 葵はほんの少し体を浮かせると空を蹴って一気に間合いを詰めた。 藤は真っ青な顔を左右に振る。 「さよなら」 光が藤の影を掻き消した。 雷は悲鳴にも似た音を立て、神楽坂が張っていた結界をも強く揺さぶる。 あっという間に全て消えた。 暗い靄も既に晴れてしまっている。 皆は呆然と立ち尽くした。 「何で魔法が消えてるの!?」 葵は自分の魔力が一瞬で散らされてしまったことに驚愕する。 神楽坂達もしかりだ。 「何でよ? あんな馬鹿にこんなこと出来る訳無いわ。そんなわけない……」 「俺をなめてもらっちゃ困るな」 あまりの言われように痺れを切らした藤が体を起こした。 いや、痺れが切れた藤が体を起こした。 「いやぁ、中々ビリビリだったぞ」 藤がわざと身震いしてみせると葵は屈辱的に感じ歯を食いしばった。 「な……、中々タフね。私の雷を余裕で受けてみせるとは……。こっ、ここからが本番よ!」 しかし藤は呆れたように笑う。 そして指をパチンと鳴らした。 すると地面から淡い青色の光が射す。 「な、何よコレ……」 目の前には透明な壁が出来上がっていた。 葵はその壁にそっと触れてみたがなるほど頑丈な壁だ。 「俺の得意魔法は空間閉鎖と……爆破だぜ?」 「……くっ」 動揺する葵に藤は指を構えた。 「俺が合図をしたら結界の内側はドカンだ。さあ、降参するか?」 「誰がそんなこと……」 葵は壁に雷撃を撃ち込んでみたが亀裂すら入らない。 「ゲームセットだ」 藤はその指を弾いた。 パチン 「ひでぶっ!」 盛大な爆発音とともに結界は崩れ落ちた。 そして、今度こそ決着がついていた。 煙の中から現れたのは、結界の外にいた―――葵だ。 「ぐふ」 葵は床に突っ伏している藤を足蹴にした。 「アンタ馬鹿よね。自分で張った結界の内と外も分からないなんて」 戦いに傷ついた藤には葵に抵抗する力などなくただもごもごと唸るしかなかった。 決着もついたので神楽坂は自らの結界を解き、教室を元に戻す。 「藤……ちょっとこっちに来て」 「動けまひぇん」 「あーハイハイ」 桜はため息をつき、藤の元へ歩いた。 そっと葵をどかし、藤の肩に手をまわす。 そして、勢いよく頭突きをした。 「暴力的な回復魔法<バイオレンスエーテル>!!」 「(゜д゜)」 藤の体力はとっても回復した! そりゃもう気絶するぐらいに! 「藤……さっきの話だけどいいわよ。訓練に付き合ってあげるわ」 桜は不意にその話を持ち出した。 葵はすぐさまそれに噛み付いたが「部長命令よ」と一蹴されてしまう。 「とりあえずアナタの魔力を解放してみるから、脱いで」 「何よその顔。上だけに決まってるでしょ」 藤が間違った解釈でひしゃげた顔を掲げていたので補足する。 藤は少しほっとしたような、残念そうな様子で服を脱ぐ。 桜は魔空間から金色の鍵を取り出し、それをえいやと藤の背中に突き刺した。 鍵が刺された場所から藤の魔力が溢れ出す。 その量は凄絶で桜が耐えられるキャパシティを越えてしまいそうないきおいだ。 「熱っ」 桜は危険を感じて鍵穴を閉じた。 指先には火傷の跡ようなものが残っている。 「今の……。 藤、アンタ自分で分かってないかもしれないけど魔力だけで言ったら私より多分上よ」 「おう?」 本人はたいして意識していないようである。 「いいわ。私がアナタを育ててあげる」 藤の無関心さとは裏腹に桜はやる気に満ちていた。 例え馬鹿でもこういう才能のあるやつはお気に入りなのである。 「さくらぁぁぁ。なんでこんなやつとぉぉぉ」 葵は桜にしがみつき、まるで自分を捨てないでと言わんばかりに哀れなオーラを醸し出した。 しかし桜の意志はもう固まっていた。 その表情を見て葵は自分の願いは叶わないと知る。 「藤。アンタなんてドブにはまって死んでしまえばいいわ!」 葵は憎しみをこめて藤を睨みつけた。 その迫力に藤の顔が強張る。 「葵、大丈夫よ。別に藤とどうこうなろうっていうんじゃないんだから。あくまで部長として、それだけよ」 桜は諭すように言った。 葵はしぶしぶ頷き、しかし藤への冷ややかな視線は向けつづけたままである。 「なんかまあそういうことでー」 藤は何も考えていないような面でしみじみとつぶやいた。 その間延びした態度に怒りを覚えた葵は小さな声で何かつぶやく。 そして特大のイカズチが閃いた。 |
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