『メルラン・ランスエロットはお嬢様の一日を見る』
作:緑野仁



「おーい、メリー。朝食を作ってくれ」
「……」
「ん……? おーい、クソ娘ー」
「……」
「寝てるのか……? ……おーい、子供の頃に犬が怖くていつも見る度に泣きながら『こわいよ、お父さ」
「どわあぁぁぁ!!」
「おう、起きたか?」
「え? ああ、クソ親父か……何だろう、今すごく恥ずかしい話を言われそうだった気が」
「気のせいだよ、気のせい。それより、お前が起きないなんて珍しいな」
「ん? ……ああ、昨日はずっとお嬢様の話を聞かされたから」
「おお、あのお嬢様か。一体、お前ら何を話してるんだ?」
「夢のことだけど」
「夢?」
「うん。昨日は、なんでも大長編の夢を見たとかで、七時間の夢を十時間は聞かされた」
「それはまたハードだな」
「そりゃそうだよ。いやー、もう疲れた疲れた。……そういえば、夢といえば」
「ん?」
「さっき、昔の夢を見たわ。意外と覚えてるもんだね」
「ふーん? ……どれ、お前じゃないがちょっと聞いてやるか」
「ちょっと、何でそうなるのよ」
「まあいいじゃねぇか、娘の夢の話をしっかり聞いてくれる父親なんてそうはいねぇぞ?」
「それ以前に、まず父親に夢の話をする娘がいないでしょうに……まあいいや」
「んで、いつの話なんだよ?」
「うん。私がメイドになってから少し後だったんだけど……」


「リディア様」
「お、どうしたのメリー?」
「えーと、ちょっと言いにくいんですが……あの、リディア様の代わりにアリシア様のお世話を1日だけさせていただけないでしょうか?」
「え? ……んーと、確かあなたのいつものお世話役は昼の休憩の時だけだったはずだけど」
「そうですが……どうしても一度、アリシア様の1日の光景を見させてほしいんです!」
「あら、それまたどうして」
「アリシア様と話してると、なんだか……時々寂しそうな顔をしてる気がするんです」
「ふむ」
「だから……そういう部分も、キチンと知りたいんです! その為に普段のお嬢様を見たいんです」
「そう……まあ、だったら別にいいわよ」
「本当ですか!?」
「ええ。ただし、お嬢様には迷惑かけちゃダメよ。お嬢様には私の方から言っておくわ」
「わかりました、ありがとうございます!」
「うんうん。それじゃ、明日にお願いね。寝坊しちゃダメよ」
「はい、では、掃除をしてきます!」
「じゃあねー……ふぅ。 さて、果たして大丈夫かしら……?」

「えーと、お嬢様の部屋はここの三番目の……あのー、すいませーん」
「ああ、メリー? 話は聞いてるから、入っていいわよ」
「あ、はい。では失礼します」
「おはようメリー」
「おはようございますお嬢さ、うわぁ何で下着姿でとりあえずまずは上着ををっ!!」
「あら、何を騒いでるのよ」
「何をじゃないですよ! は、早く上着を着てください!」
「あら、別に自分の部屋で下着姿だったっていいじゃない」
「そ、そりゃまあそうかもしれないことはなくもないかもしれませんが」
「それに、いつもリディアは許してくれてたわよ」
「ほ、本当ですか?」
「ええ。『薄着なことは健康体である証拠ですよ』とか言って」
「そ、そうですか……何か納得いきませんが」
「まあいいじゃない」
「はい、わかりました……それで、今日の予定ですが」
「ええ」
「まず、10時から勉強の時間です。今日は計算を……」
「あら、今日は勉強しなくちゃダメなの?」
「へ? あ、あのー『今日は』って言うのはどのような意味で」
「リディアだったら、いつもは『元から聡明で可憐でいらっしゃるお嬢様に勉強など必要ありません、これ以上やると知識の神が嫉妬します』とか言ってやらなかったわよ」
「ほ、ホントですか?」
「ええ。私が嘘をつく筈がないじゃない、嘘をついたって何の得にもならないし」
「そ、そうですよね……一応得をする気もしないでもないですが」
「というわけで、今日の勉強はなしよ」
「わかりました。……で、午前中は何をなさるのでしょうか?」
「ああ、それなら大丈夫よ。呼んでおいたから」
「へ? えーと、誰を……?」
「おはよう、お姉様」
「……う?」
「ん? どうしたのよ」
「え、えー、ええ、」
「え? んー……、エルヴィス・プレスリー? (※歌手)」
「エレノア様ぁぁぁ! ?」
「……ちょっと、何よこのメイド」
「ああ、今日だけのお世話役よ。リディアは休み」
「ふーん……変な子ねぇ、私を見て叫ぶなんて」
「だ、だって、王族が普通に出歩いてここまで来るとか色々とダメな気がっ……」
「あら、リディアだったら『お二人で遊ぶだなんてなんと素晴らしい姉妹愛なのでしょう、私感動し過ぎて鼻血が出てきました』とか言って普通に見てたわよ」
「ホントですか!? ていうか鼻血!?」
「というわけで、私たちは二人で遊んでるから外に出てて」
「え、でもお世話役ですから……」
「お世話役でもダメよ、女には女だけで話したいこととかあるのよ」
「私も女ですけど……」
「いいから出なさい」
「は、はい!」
「……行ったわね。さて、モ○ハンやるわよ。今日は何を狩るの?」
「そうねぇ……」

「あら、昨日はお疲れさま、メリー。どうだった?」
「疲れました……それはもう盛大に」
「でしょうねぇ」
「お嬢様が、あそこまで奔放な方だとは思いませんでした……リディア様は偉いです」
「……ん?」
「朝からずっと下着姿だったんですが、普段は何時頃から着替えているんでしょう」
「んー……?」
「それに勉強もなさらなかったんですが、教師の方には何と言えば良いんでしょうか?」
「……んんー?」
「あと、エレノア様が来られて困ったんですが、お茶は普段何を飲まれているのでしょうか?」
「……んーと、メリー?」
「あと、リディア様が『鼻から忠誠心が出るタイプ』って言うのはどういう意味なんでしょうか?」
「ちょっといい、メリー? ちなみに鼻血を出した覚えはないんだけど」
「はい」
「……勉強をされなかった?」
「はい。いつもはしないからだと言って」
「えーとね、メリー。とても言いにくいことなんだけど」
「はい?」
「いつもはしていらっしゃるのよ」
「……え?」
「いや、だからね? いつもはちゃんとした服を着て、10時ぐらいにはちゃんと勉強をして、その後大体21時ぐらいには寝てるんだけど」
「……えーと、ということは」
「騙されたわねぇ」
「……やられたー! 何か変だと思った!」
「ふーむ、しかしあのお嬢様が……」
「あの、とは?」
「いや、私がいる時はいつも静かでちゃんと先生の話を聞いてるから」
「……あのお嬢様が?」
「あのお嬢様が、よ」
「……えーと、エレノア様が来たりとかは」
「あるはずないじゃない」
「……」
「やられたわね……」
「す、すいません!」
「まあまあ。……ま、良く考えればいいことかもね」
「え、何がですか?」
「私が知ってるお嬢様は、あまり笑わない人だった」
「……ホントですか?」
「でも、あなたの話を聞いてるとなんだか楽しそうだもの」
「……」
「だから、それは決して悪いことではないと思うのよ」
「ありがとう……ございます」
「そうよ、気を落とさないようにね」
「わかりました……頑張ります!」
「うんうん。きっとアリシア様も喜んでくださってたわよ」

「おはよう、お姉様。……あら、昨日のメイドは?」
「あれ、確か昨日1日だけだって言わなかったっけ?」
「ああ、そうだったわね。で、どうだったの?」
「ん? ……まあ、面白い娘だったわよ」
「ふーん……珍しいのね」
「ええ。だって、1日中モ○ハンしほうだいだもの」
「……まあ確かにね」
「よし決めた、あのこを新しい1日世話役にしましょう」
「……本気?」
「ええ、もちろん」
「まあいいけど……はぁー、とりあえず何か食べましょ」
「私はあそこのケーキ屋がいいわ。急いで行かせましょう」
「そうねぇ」


「ってな感じだった」
「ぶ……ははは! さすがにお嬢様だな」
「冗談じゃないよ。ホントにあの時は疲れた……」
「ふーん……でも、なんでお前は姉妹の話が聞けたんだ?」
「ありゃ? そういえばそうね。……天の仕業?」
「なんだそりゃ?」
「まあいいってことよ。……でもまさか、お嬢様の1日世話役に任命されるとは思わなかったわ」
「阿呆、俺の方がびっくりしたよ。あの嬢ちゃん、もしかして事情を知ってるんじゃないか?」
「そんなことは、ない……はず。ていうか、知ってたら尚更しないでしょ」
「わからんぞー。『愛しのお姉様とずっといたいの』とか言って変えてもらったかもしれん」
「そんなアホな……まあいいや。で、用事は何だったの?」
「ああそうだ、朝飯を作れメリー」
「……いきなり娘に言うことがそれかよ?」
「いきなり父親に話すのが夢の話って言うのもどうよ?」
「そっちからふったんじゃないっ!」
「あぁん、そうだったっけか? ほれ、とっとと作れ」
「まあいいけど……あら?」
「ん、どうした?」
「……もう13時ですけど……」
「……」
「……昼御飯を作ってきます」
「よろしく……」